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医療機器の3Dデータ公開事例と政府の3Dプリンター活用支援―アメリカの場合

感染者の多くが無症状だが、重篤化すると致死率が高い新型コロナウイルス感染症(以下、コロナウイルス)。SARS(重症急性呼吸器症候群)と異なり、感染者の隔離が困難で、世界各国では、都市の封鎖(ロックダウン)も実際に行われる非常事態になっている。経済活動への影響も深刻化が懸念される中、医療器具や医療用品の不足が大きな問題になっている状況だ。

こうした医療器具や医療用品の不足に対して、世界はどう戦っているのか。

今回は米HP社を取り上げ医療用具の3Dデータを公開する取り組みを紹介するとともに、「医療用具としての水準を満たしているかどうか」という壁をオープンイノベーションで解決しようと実践するアメリカの取り組みも紹介していきたい。

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コロナ封じ込めのための医療用具3Dデータ公開―米HP社の場合

汎用機である3Dプリンターは、製造するプロダクトの切り替えに迅速な対応が可能であるのが特徴だ。コロナ封じ込め対策に向けて、積層造形関連各社が世界中で部品データの設計・検証に動いている。米3Dプリンター大手のヒューレットパッカード社は自社3Dプリンターであるマルチジェットフュージョンシリーズで造形可能な医療関連プロダクトの取り組みを公開している。

フェイスシールド(ヒューレット・パッカード社)

米HPサイトより引用

緊急医療現場で求められるフェイスシールドの3Dデータを米HPが公開中。使い捨てを推奨とのこと。

推奨される材料:
HP 3D高再利用性PA
12ULTRASINT®TPU01またはESTANE®3D TPU M95A

ハンズフリーのドア開閉装置(マテリアライズ社)

米HPサイトより引用

3Dプリンターの制御ソフトウェア大手で海外ではサービスビューロ事業も展開するマテリアライズ社は、「ドアハンドルは、家、病院、工場、および高齢者の家で最も細菌に感染したオブジェクトの1つ」という問題意識の元、素肌がふれなくてもドアを開けることができるドア開閉装置用具を開発。データを無料配布中

フェイスシールド(バッドメン社)

アメリカで3Dプリンター製造販売を手掛けるBudmen社は、サイトでフェイスシールドを公開中。利用規約に同意すれば、登録せずともフェイスシールドの組み立て方とデータを、ダウンロードできる。

budmenサイトより引用

Budmenのサイトトップから直接ダウンロードできるようになっている上、米国立衛生研究所にも紹介ページがある。

ハーフマスク(チェコ情報科学、ロボット工学サイバネティックスCTU)

CIIRC RP95-3Dは、チェコ情報科学、ロボット工学サイバネティックスCTUによる取り組みで、データは公開されていないもののライセンスの無料提供を行っている。

米HPサイトより引用

CIIRC RP95-3D保護ハーフマスクは、チェコ情報科学、ロボット工学、サイバネティックスCTU(CIIRC CTU)の研究チームによって、チェコのプラハで1週間という短期間の内に開発されたという。最高レベルの保護を満たす交換可能なP3フィルターを備えた個人用保護具ハーフマスクで、マスクの本体と、EN 140:1999規格に従って認定された外部フィルターで構成されている。

ハーフマスク紹介ページ

こうした取り組みはHP社以外にも続々と取り組み事例が発表されており、3Dプリンターをつかった機動的なモノづくりに対する可能性を感じさせる。

AM技術を用いて作られた器具は、医療用水準を満たせているのか?

各社の取り組みは大きな可能性を感じる一方で「医療用認可を取らなければ、使えない」という制度的な課題はないのか、と疑問に思われる向きもあるだろう。当然アメリカでも医療用基準に対する制度的な審査がある。そこには時間も労力もかかる。公開されたデータは使ってよいものなのだろうか。

アメリカではそんな緊急時の医療用品の利用に関して、迅速に判断できる制度的な挑戦をAmerica Makesという官民パートナーシップ団体が取り組んでいるので、紹介したい。

America Makesによるオンラインリポジトリを用いた取り組み

America Makesは、アメリカ国防省の推進する積層造形の官民パートナーシップ団体。食品医薬品局(FDA)、退役軍人省(VA)、米国立衛生研究所(NIH)と提携して、AM業界としてのコロナウイルス対策を推進する特設サイトを開設している。

AmericaMakes特設ページ
America Makes 特設サイトより引用

この取り組みは、オンラインリポジトリ(プログラムのソース管理などで用いられる情報共有の仕組み)を通じて、「積層造形業界で出来ること」とヘルスケア業界における現場の要望を結び付ける仕組みを提供している。

もう少しわかりやすく言うと、医療現場が「こんなものが欲しい」というニーズを登録すると、3Dデータを設計できるデザイナーや設計者がデータを登録。非営利のAmerica Makesが提携する食品医薬品局(FDA) が 緊急時の利用を審査、退役軍人省(VA)が試験評価を行い、問題なければ米国衛生研究所がレポジトリに反映し、米国立衛生研究所(NIH)の特設ページで公開するという取り組みのようだ。このプロセス間の試行錯誤プロセスはレポジトリへのコメントを使っているとみられる。どこがわるいからこう直すべき、といった具体的なコメントがオンライン上で飛び交っていると想像できる。

危機打開に貢献するオープンイノベーション

注目すべきは、 食品医薬品局(FDA)が緊急時の利用に関して認証するという形で参画している点と、リポジトリを活用している点。Gitでコミットしたデータに対してコメントが付与されて、問題が見える化されている上に、そのリポジトリが公開されているので、改善を要する点が発案者だけではなく、その他多くの手で改修、改善可能になっている。このやりとりはだれでもリポジトリをみることができる人であればだれでも見る事ができるはずなので、非常にオープンだ。

設計・改善を皆で行うというオープンソースの開発手法が取り入れられている点は特筆すべきだろう。「オープンイノベーション」がこの緊急時に具体的に活用されている取り組みだと思われる。

貢献の見返りは?

「なぜ設計、改修のような面倒で専門性が高い作業を、無償で行うの?」という疑問を持たれる方もいるだろう。プログラム開発の場合、オンライン・コミュニティでの貢献は、名誉と人脈形成という形で報いられる他、優れた貢献を行ったプログラマーは仕事のオファーやスカウトの対象になるという側面もあることを紹介したい。今後の転職活動やフリーランスでの引き合いが広がる形で、実利が後から付いてくるのだ。今回のコロナショックを契機に、テレワークだけではなく、データの作成という面でも、オンライン上での開発の動きは今後進展していくかもしれない。

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過去類を見ないパンデミックに対して、迅速な問題解決の仕組みが用意され、まさに稼働している。危機に際しては社会が大きくその在り方を変えるその瞬間を目の当たりにしている気分だ。日本での同じような取り組みができないか。学ぶべき点は多いように思う。

編集/記者

2019年のシェアラボニュース創刊以来、国内AM関係者200名以上にインタビューを実施。3Dプリンティング技術と共に日本の製造業が変わる瞬間をお伝えしていきます。

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