まるで本物!?薬剤開発にも役立つ新たな3Dバイオプリンティング血管を製造
テキサスA&M大学バイオメディカル・エンジニアリング学部の研究チームは、新たに開発したハイドロゲルバイオインクを使用して、非常にリアルな血管モデルを3Dプリントした。
今回製造した血管モデルを使用すると、心血管治療薬の開発を迅速に進めることが可能になるという。(画像は3Dバイオプリントした血管モデルに各種処理を施したところ/出典:TAMU)
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治療薬開発に有効なバイオ3Dプリンティング血管モデル
動脈瘤、末梢動脈疾患、血栓などの血管系疾患は世界の死亡原因の約31%を占める。しかし、血管系疾患の治療薬開発は過去20年間で鈍化する一方だ。原因はその開発工程にある。
治療薬の開発では、最初に in vitro(試験管内、体外)で研究や評価が行われた後、in vivo(生体内)で最終的な試験が実施される。しかし、in vitro と in vivo では環境が大きく異なるため、in vitro での試験がうまくいっても in vivo で失敗するケースは多い。
in vitro の段階から生体内に近い環境で研究や評価ができれば、治療薬の開発はより迅速に進むはずだ。つまり、血管系疾患の治療薬開発では、我々の体内にある本物の血管と同じように機能する血管モデル(「つくりもの」の血管)が必要とされているのである。
この血管モデル製造に有効と考えられるのが、バイオ3Dプリンターだ。これによって本物の生細胞を使用して層を積み重ね、実際の血管に近い組織構造を構築できる。
しかし、従来のバイオインク(バイオ3Dプリンターで使用するインク。生細胞とその他の生体材料から構成される)はプリント性能や生細胞を高密度に付着させる能力が不足しており、使えないものが多かった。
既存のバイオインクの弱点を克服した、新たなバイオインクを開発
テキサスA&M大学の研究グループは、上記の欠点を克服した独自のバイオインクを開発し、このバイオインクを用いて血管モデルを3Dプリントした。今回開発したバイオインクはハイドロゲルをベースとしており、生細胞(内皮細胞や血管平滑筋細胞の培養物)を含んでいる。
同大学准教授で本研究の共著者である Akhilesh Gaharwar 氏は、今回開発したバイオインクについて以下のようにコメントしている。
このナノエンジニアリングで製造したバイオインクの驚くべき特徴は、細胞の密度にかかわらず高い印刷性を示し、材料押出方式のバイオプリントプロセスにおける高いせん断力から内部の生細胞を保護する能力を備えることです。驚くべきことに、3Dバイオプリントした細胞は健康な形質を維持し、製造後ほぼ1ヶ月間生存し続けます。
テキサスA&M大学 Akhilesh Gaharwar氏
このバイオインクで3Dプリントした血管をサイトカインで刺激して血液を流すと、高度な in vitro 前臨床モデルや in vivo でのみ観察される炎症反応を再現することも可能だという。今回の血管モデルは、血管系疾患の病態生理への理解を深め、さらに in vivo 試験において治療薬の効果を正確に評価するための優秀なツールとなるはずだ。
日本でも研究が進む血管の3Dバイオプリンティング
血管の3Dバイオプリンティングに関する研究は日本でも行われている。
2019年11月には佐賀大学と株式会社サイフューズが、独自開発したバイオ3Dプリンターを使用して製造した「細胞性人工血管」を世界で初めてヒトに移植する臨床研究を開始している。
佐賀大学のバイオ3Dプリンターに採用されているのは「剣山メソッド」とよばれる方法だ。
剣山メソッドでは、最初に生細胞を集めて直径約0.5mmの細胞塊をつくる。この細胞塊を直径0.1mmの針が並んだ足場(剣山)に順に串刺しして目的の三次元形状を形成すると、細胞塊同士が数日間で融合し、組織が完成する。
剣山メソッドの特徴は、生細胞以外の材料を使用しない点だ。これにより、体内に留置した際の細菌感染や異物反応といったリスクを減らすことができる。細胞だけで外科的に移植可能な立体構造をつくる技術は世界でも他にないという。
本記事冒頭で取り上げたテキサスA&M大学のバイオインクには、生細胞の他にハイドロゲルなどの生体材料が含まれている。しかし、テキサスA&M大学のバイオインクは押出プロセスという従来の方法でプリントが可能だ。また、プリント物の生体移植ではなく生体外での使用が目的である点も、佐賀大学の研究とは異なる。
さまざまな組織の製造に活用される3Dバイオプリンティング
3Dバイオプリンティングは血管の他にも、さまざまな組織の製造に活用されている。
今年の夏には、スイスのバイオ3DプリンターメーカーであるReadily3D社が、ヒト膵臓のミニチュア3Dプリントモデルを製造した。このモデルは糖尿病治療薬の試験を容易にするため設計されたものであり、わずか30秒でプリントが可能だ。
また、韓国の製薬会社であるHK inno.N社は、3Dプリントした人工皮膚を使用して自己免疫疾患や皮膚疾患の新薬をテストする計画を発表した。この人工皮膚は皮膚疾患治療薬の効果を調査するために使用される予定であり、動物実験の減少にもつながるという。
医薬品の試験や生体移植など、さまざまな目的で活用されているバイオ3Dプリンター。その用途はこれからも広がるに違いない。
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化学系大学院を卒業後に組込みエンジニアとして勤務。現在はフリーランス特許翻訳者、技術系ライター、技術リサーチャーとして活動中。難しい技術を分かりやすく伝えるのが得意。