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どんな高難度カテーテル治療も予習可能に?! ~ 精緻な3D血管モデルがもたらす手術の大幅な質向上

北海道大学病院放射線診断科 森田先生

「予習が大事」とは、子供の頃から耳が痛くなるほど聞かされてきた読者も多いだろう。入念な準備が本番に役立つのは、医療の世界でも同じようだ。今回の取材では、高度な医療の世界において、予習が手術の品質向上やコストの低減に大きく影響すること、そして3Dプリンターが、この予習効果を大幅に高めうることを教えられた。

国内外でまだ報告がないレベルの精緻な血管モデルの作製に成功した北海道大学病院放射線診断科の森田 亮 助教(医師)と、北海道大学病院の研究開発コーディネーターの杉田 修 博士に語っていただいた作製の背景と目的、および今後の展望をお伝えする。

3D血管モデルが開いた新しい手術の事前準備

シェアラボ編集部:実際の血管に近いモデルの3Dプリントに成功されたそうですね。まず、この試みの背景を教えていただけますか。

森田先生:当然ですが、血管というのは患者によって異なります。サイズや固さ、曲がり具合は人それぞれなので、それが手術の奏効、つまり治療の効果に影響してきます。患者個々人のリアルな3Dモデルを活用することで手術の質をもっと上げることはできないかと考えたことが、取り組みの出発点でした。

シェアラボ編集部:手術というのは人体の内部に対して施すものですから、始めてみないとわからないことも多いのでしょうね。

森田先生:カテーテル治療は、動脈硬化や動脈瘤、心筋梗塞、がんなど、治療を必要とする血管の幹部に管(カテーテル)を挿入して行うため、カテーテルを適切な位置に持っていく必要があります。血管の状態は、治療前にCT画像で確認できるものの、従来はどの番手のカテーテルをどう使うかについては、頭の中でシミュレーションするしかありませんでした。

治療内容によってさまざまな種類のカテーテルを使い分ける(提供:北海道大学病院放射線診断科 森田先生)

シェアラボ編集部:CTがあるのでぶっつけ本番ではないにせよ、やはりやって初めてわかる部分もあると。

森田先生:そこに、精緻な3D血管モデルの意味が出てきます。今回の試みでは、3Dプリンターの精緻な形状再現力に加え、材料の工夫をすることで、生体血管に比較的近い固さとカテーテル挿入時の摩擦を再現することができました。その結果、CTデータを元にした患者本人の血管モデルを使った、本番に近い予習ができるようになったのです。

シェアラボ編集部:予習という言葉は大人になって久しぶりに聞いた気がします。医師のみなさまでも予習は大事なのですね。

杉田先生:今回、こちらを訪問するにあたっても、行き方や駐車場の場所を予習されたかと思います。それと同じで、医師が高精度のモデルを用いた準備を行うことで、使うべき道具や手法、手術の勘所を抑えれば、緊張感も和らぐし、患者の負担も軽減されることになります。

北海道大学病院の研究開発コーディネーター 杉田修博士
北海道大学病院の研究開発コーディネーター 杉田修博士

森田先生:モデルを使ったトレーニングは以前からあるのですが、ご遺体や豚なので人間の生体血管とはやはり異なります。カテーテル治療が行われる高齢者の患者では動脈硬化があるため、血管が伸びてサーキットみたいにぐるぐるしていたり、石灰化しているので、同じモデルは望めなかった。練習用の汎用シリコンモデルもあるのですが、標準的な血管であり、あくまで基礎練習用です。これは高難度治療の事前練習や、スキルアップにはつながりにくいものでした。

シェアラボ編集部:3Dプリンターを用いた血管モデル作製の試みは珍しいのでしょうか。

森田先生:これまでも論文はありましたが、プリンターやモデリングの精度、材料の問題などから、難易度の高い=つまり予習に適した血管モデルは作れていなかったようです。細部まで似せて作られた患者個人の血管モデルで予習できるようになったことは、大きな前進だと思います。

手術の時間が1/3になった例も

シェアラボ編集部:手術の難しい血管を再現できるようになったことが、今回の大きな成果ですね。具体的なメリットには、どんなものがあるのですか。

森田先生:このアプローチは、医師、患者の双方に大きなメリットをもたらします。まず医師の観点では、リアルな予習ができることで、手術にかかる工数と費用を大幅に節約できます。

シェアラボ編集部:どれくらい節約できるのでしょう。

森田先生:実際にあった動脈硬化が強い患者の治療例では、従来ならば医師3人で6時間はかかっただろう手術を、3人・2時間で終わらせることができました。18時間を6時間にまで減らせた訳です。

また、カテーテルというのは3-40種類あって、1本あたり2,000円から数万円する高価な消耗品です。血管にうまく入らなかったら別のカテーテルに替えるので、何十本も使う場合すらありますが、入念な予習のおかげで事前に正しい番手を選定しやすくなりました。取り替え無しの1本で済ませられたこともあります。その他にも、血流をとめる塞栓物質の選定に役立ったことも2症例ほど。より確実な準備ができるようになったことは間違いありません。

表1.3D血管モデルの効果(作成:ShareLab編集部)
表1.3D血管モデルの効果(作成:シェアラボ編集部)

シェアラボ編集部:時間にして約1/3ですか!カテーテルも3本使用が1本になったとしたら、やはり1/3。これは大きなメリットですね。

森田先生:時間短縮は、患者にとってもメリットです。手術が長引けば疲れますし、カテーテルの挿入を繰り返すと合併症や、血管の壁を崩してしまうリスクが高まります。また、カテーテルの位置をリアルタイムで見るために造影剤を使うのですが、時間を短くできたことで被ばくも少なくなります。患者の負担は軽減され、安全性も大きく向上するのです。

カテーテル治療のトレーニングは質も機会も大幅に良くなる

シェアラボ編集部:できたモデルは、人間の血管にかなり近いのでしょうか。

森田先生:実際の血管はもっと柔らかいのですが、①構造がわかる、②実際の感覚に近い、③実際に作れる、を同時に満たすことを考えると、実用性のバランスは十分に確保できています。

従来の3Dプリンターで作成した血管モデルは硬すぎたり、不透明でカテーテルが見えなかったりいった欠点がありました。カテーテルは、血管の壁に対して医師がかける圧力で曲がります。固いと簡単に曲がるので、練習にはやや物足りませんでした。また、不透明であると練習をする際に透視室など場所が限定されるという欠点があります。

従来のシリコンの汎用モデルは、柔らかいのですが、血管の形が標準型で、患者個別の血管走行を反映していないため、今回のような予習という観点からは使用できません。また、値段が高いという欠点もあります。

患者自身の精緻な透明なモデルで、カテーテルの動きを確認できる意味は大きい
患者自身の精緻な透明なモデルで、カテーテルの動きを確認できる意味は大きい(提供:北海道大学病院放射線診断科 森田先生)

シェアラボ編集部:カテーテル治療のトレーニングは質の向上と機会の拡大を同時に実現できそうですね。

森田先生:縫合セットは1万円と、外科にはリーズナブルなトレーニングセットがあるのですが、カテーテルにはなかった。だから、個人的な練習は、ただの筒を買ってきて、いらなくなったカテーテルを回すなどしていました。これからは様々な形状の血管で練習をすることができます。

また、病院が提供するトレーニング機会では、ご遺体や豚の血管に造影剤を入れて病変を見えるようにするのですが、その際、X線のような透視装置を使うので、医師の被ばくも問題でした。今回作製したモデルは透明なレジンで出来ているので、カテーテルの挿入状況をリアルタイムで見ながら練習できます。当然、造影剤は必要ありませんので、被ばくの心配もいりません。

さらに、予習のみならず、復習に使うこともできます。大変だった手術を終えてからベターなやり方がなかったのかを再検討したり、まれな手技のうまくいった症例を再現したりすれば、さらなるスキルアップを図ることができます。

動画は森田先生による3D血管モデルにカテーテルを通すデモンストレーションの様子

手術のスキルや経験は、直接携わった術者と助手の中で完結してしまいがちですが、患者の血管モデルを通じて同じ経験を共有することで、医療業界全体の技術の底上げにもつながるでしょう。

すべりや弾性をどう再現するか

シェアラボ編集部:ここまで来るのに、さまざまなご苦労があったのでしょうね。

森田先生:一番苦労したのは、細かい血管の再現ですね。今は100μmの積層精度で作っているので大丈夫ですが、1mmだとつぶれてしまいます。あとは3Dプリンターの一般的なトラブルだと思いますが、途中で切れたり、変な造形になったり、壊れたりといった造形不良ですね。沢山失敗しました。プリンター自身のトラブルもあります。

今使っているものは、FormlabsのForm3L。材料は、Flexible 80Aという透明で柔軟性のあるレジンです。

シェアラボ編集部:この取り組みには、どれくらいの期間をかけてこられたのですか。

森田先生:教室での基礎的な研究を基にして更に研究を進めようと考えたのは4-5年前。カテーテルを奥に入れることは難しいので、リアルなシミュレーションができれば手術の予習にも教育目的にも良いのではないかと思ったのです。これまでに50体は作ってきたでしょうか。

作り方自体はオーソドックスで、CTのボリュームデータから不要部分を削って(カットして)STLデータ化した上で、中空構造にして印刷。そして洗浄する、というものです。データを作る際は、サポート材があたらないよう、また、部位の形状も変わらないようにするには、どの角度で作るかが大切になります。

これらのプロセスを技師さんの協力を得ながら自前でやっており、CTでのカットなどは技師さんにお願いすることもありますが、最終的なカットや中空化やサポート材の位置調整などの加工、印刷・後処理などは自分がやっています。

シェアラボ編集部:全部ご自身で!製造の民主化を、まさに体現されているのですね。

森田先生:私は医師であり、3Dプリンターの専門家ではなかったのですが、必要に駆られて、皆さんの協力を得ながら少しずつ自分で作る体制に持って行きました。実物とCTがあるのでデータはまだ作りやすかったのですが、重要なことはいかに生体と同じようなすべりや弾性を実現させるかでした。

今年の4月にプレスリリースした実験では、レジンの血管内部に1.6-2.0μmのシリコンをコーティングすることで健康な豚と近いレベルの滑りを実現できました。カテーテル専門医からも高く評価してもらっています。

>>関連記事:生体血管に近い血管模型を3Dプリンターで作製 ― 北海道大学病院

普及にあたっての課題はコストと人:モデル造形の専門家をどう作るか

シェアラボ編集部:使い手自身が、利用シーンから逆算して物を作ったというのは素晴らしいことです。しかも、すでに十分な実用域に達していることに驚きました。メリットの大きさを踏まえると、3Dモデルによる予習は間違いなく高難度カテーテル治療のスタンダードになっていくものと思いますが、普及にあたっての課題は何でしょうか。

森田先生:1つはコストですね。機械、材料(レジンで3,000円/モデル)、モデルの保管場所、データ作成時間(最低2-3時間)、造形時間(12時間)、後処理と設置(最低 1-2時間)、トラブル対応の全てがコスト。トラブル対応の全てがコスト。一度試算したことがあるのですが、人件費は入れず、故障分を勘案すると、10万円くらいでした。ちなみに故障がなければ、2-3万円で済みます。

故障対応やメンテナンスにだいぶ時間を取られているので、ここが軽減されるとうれしいですね。

杉田先生:もう1つは人。医師が自分でここまでやったというのは、大きな到達点と言えるでしょう。森田先生は、患者・医師のために取り組んできましたけれど、医師の本来の役割は患者を直接救うこと。ここから先、汎用化を進めるためには、機械や素材開発など3Dプリンターの専門家の知見や企業の協力を得ながら、自律的に回る仕組みを作っていくことや人材育成が必要だと思っています。

シェアラボ編集部:3Dプリンティング業界には、サービスビューローと呼ばれる制作受託企業がすでに存在します。医療の世界でも、臨床検査や読影などは外注化されていますよね。メリットの大きさ、造形専門家の不足、造形の高度化の追求力を総合すると、手技予習用3D臓器モデル作製は、医師とは分業の形をとることとなり、専門ビジネスとなっていくのではないでしょうか。

血管3Dモデルの活用は、CTが普及している日本だからこその医療の質向上策

シェアラボ編集部:市場規模を推定するためにうかがいますが、モデルでの予習を実施した血管系手技はどれくらいの割合でしたか。

森田先生:蛇行が激しいなどカテーテルの挿入が難しくトラブルがおきやすいケースが対象ですので、過去200-300の手術のうち、20-30件ほどだったでしょうか。この中には、復習用に作製したものも含まれますが、ざっくり1/10ですね。

シェアラボ編集部:日本における血管系手技の1/10にモデル予習を行って、先の1/3はベストケースにしても、工数が1/2になるならば、全体で5%の費用削減です。経済的にも十分ペイするでしょう。保険の対象化も十分あり得そうですね。

森田先生:人件費を除いた10万円のコストを負担してくれるだけで、格段に取り組みやすくなります。私たちは今、腹腔動脈の疾患だけを対象としていますが、脳や頭頚部等、他の部位にも展開可能です。

また、今回の研究・開発には、科学研究費に加えて、北海道大学からの研究助成、画像診断学教室からの資金援助、自分が所属するIVRチームや教室の皆様の協力がありました。そのため、予算や人数など制限のある場合には難しいのかもしれません。

杉田先生:そのこともあって、企業との連携のもとで自立的に回る仕組みや財源の確保が一刻も早くできてほしいですね。

森田先生:医療において3Dプリンターへの期待は高いと思います。人体に直接使うのではない、今回の話のような2次利用という形で使われていくでしょう。日本は、CTの普及率が最も高い国として、臓器データの作成にアドバンテージがあります。血管の3Dモデル活用は、わが国にとても合った解決方法ではないでしょうか。

あとがき

3Dプリント造形物を人体に直接使わないながらも、手術の精度向上と時間短縮に結び付けている点が絶妙だ。工業用途の場合、3Dプリンターはすでに試作には多用されているが、最終製品に用いられることはまだ少ない。求められる品質が、両者の間で大きく異なるからだ。

ひるがえって、この血管モデルは、試作の様でいて、最終製品に近いと思った。なぜなら、本物の血管データを用いているからだ。と言って、手術の予習やトレーニングに資するレベルであれば良いので、工業用途の最終製品に求められる厳しい品質要求はない。直接体に使わない分、許認可・保険対象化の面でもハードルは低そうだ。実用化の条件は整っている。

普及にあたって、品質はすでに要求水準を満たしているので、残る問題はコストと人。だが、記事中で述べた医療費削減のポテンシャルを考えると、設備投資や人材育成、仕組みづくりに先行投資をする企業は必ず出てくるだろう。

現状の予習・トレーニングの限界、CTによる血管実データの存在、そして森田先生の思いが結びついて実用域に達した新しい手術の予習のあり方の普及は、非常に良いスタート地点に立っていると感じた。

ShareLab運営会社の社長です。日本の製造業ならば、3Dプリンターの質を高め、使い倒すことができるはず。そう信じて業界の応援を続けています。

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