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Carbonの3DプリンターでSWANSが起こした「モノづくりの革新」

SWANS山本光学株式会社が展開するスポーツ用のゴーグルやサングラスなどを製造するスポーツアイウェアブランドだ。2019年バレーボールの鍋谷友理枝選手の専用モデルをCarbon社の3Dプリンターを使って製造した。そこには非常にドラマティックな開発秘話が隠されていた。JSR社主催ウェビナー、山本光学開発陣へのインタヴューなどを通じて取材した、いま日本のモノづくりで起きている変革に関してご紹介したい。(取材:シェアラボ編集部 提供:JSR株式会社)


『次に眼に当たったら失明』鍋谷選手を守るゴーグルづくりへ

鍋谷友理枝選手(デンソー・エアリービーズ所属)

日本を代表するバレーボーラーである鍋谷選手は、リオに続いて東京オリンピックへの出場権をかけて挑戦を重ねてきた。そんな中で、練習中に鍋谷選手の眼にボールが直撃する事件が起こる。スポーツドクターの診察を受けた鍋谷選手だが、「次にボールが眼を直撃すると失明する恐れがある」と厳しい診断結果となった。その医師から紹介され、スポーツゴーグルを展開するSWANSの直営店を鍋谷選手が訪れることになる。

直営店を訪れた鍋谷選手は既製品のスポーツゴーグルを手に取り、より視野角が広いモデルがないか尋ねたという。どうしてもオリンピックに出たい。眼を守りながら、世界で戦うためのゴーグルが欲しい。そんな熱意を受けて、山本光学は鍋谷選手専用モデルの開発を決定、プロジェクトがスタートする。

通常12か月かかる製品開発を3か月弱に圧縮した舞台裏

通常、山本光学では、新製品の開発は約1年かけて行う。しかし9月に行われるワールドカップまで残された時間は3か月を切っていた。ちょうど鍋谷選手の訪問の直前にCarbonと接触していた山本社長は、この話を受けてすぐにCarbonに連絡を入れる。従来の開発方法では到底間に合わないが、3Dプリンターから直接最終製品を造形できるCarbonであれば、なんとかなるのではないか。

「Carbon社とJSR社が出展していた展示会ブースでは、造形されたアディダスのミッドソールやアメフトのヘルメットなど実際に造形されたサンプルが展示されていました。柔らかく弾力性のある樹脂は私たちのモノづくりでも利用していたのですが、特性が似ていると感じました。(山本光学 デザイナー 富永浩史氏)」

山本光学 山本社長 写真
山本光学 山本社長

手ごたえはあった。あとは実際に現場を見てみたい。

山本光学がアメリカで見たもの

Carbonの日本でのマーケティングを担うJSRはアメリカのCarbonの工場見学を山本光学に提案した。「工場には実際の3Dプリンターだけではなく、アプリケーションエンジニアをはじめとしたAMでのモノづくりを推進できる体制があります。実際に目で見て体感していただければと思い、ご紹介しました。(JSR 銅木 克次氏)」

その場で山本社長はすぐにアメリカ視察を決意。当初単身で渡米しようとしていたが最終的に4名の開発者でCarbonの工場に乗り込むことに。渡米は日数的にも費用的にも負担になる。すぐに行こうと思った理由はなんだったのか。

「私たちは“打ち合わせは対面で”という文化でしたので(笑)、現地で生産される様子を確認したり、一緒にお仕事をする方とお会いしたいと思いました。工場内での生産風景などを見学させていただき、実際に大量生産を行っている様子を見て、大きな手ごたえを感じました。(山本光学 山本氏)」

Carbon社エントランスでの写真

「現地では実際にCarbonの3Dプリンターを使って大量生産される最終製品を目にすることができました。また実際に設計支援を行ってくれるアプリケーションエンジニアとの意見交換の場も設けていただきました。いままで社内では形状確認のために3Dプリンターを利用していましたが、最終製品には利用してこなかったので、不安はありましたが、サブスクリプションでこうした支援を受けられるのであれば、やれると感じました。(山本光学 富永氏)」

協業レベルの開発コミット体制―Carbon独自のサブスクリプション

帰国後、すぐに契約を決意。3Dプリンターが社内に納品される間も惜しんで開発がスタートした。山本光学側の対応も急ピッチで進められたが、Carbonのアプリケーションエンジニア側も設計段階から協業したという。

「鍋谷選手が練習している体育館に伺いまして、椅子に座っていただき、顔の形をスキャニングしました。持ち運べるハンドスキャナーを使って私が測定しまして、その顔のデータを元に、最適な形状に調整していきました。(山本光学 富永氏)」

鍋谷選手の顔のスキャニングデータをもとに作成したモデル画像
鍋谷選手の顔のスキャニングデータをもとにモデル化

「ほぼ毎日のように山本光学さんと連絡していました。直接オフィスにお伺いしてアメリカと繋いで会議を行うこともありました。インド人の優秀なアプリケーション・エンジニアが設計支援に入ったのですが、最初の3Dモデルのクッション構造部分は彼が用意してくれました。(JSR銅木氏)」

開発初期の設計を実際に造形した試作品画像
開発初期の設計を実際に造形した試作。硬い材料と柔らかい材料を組み合わせている。

山本光学は社内で3Dモデル設計を行う能力がある。しかし限られた時間の中で、スポーツゴーグルを完成させるために、Carbonが動いた形だ。しかもそこに追加費用は一切発生していない。Carbonのサブスクリプション契約では、AMでの前工程、造形工程に関する広範なサポートを約束しているが、それが実際に機能していた。

設計モデルを3Dプリンターのメーカーが用意するというのは非常に特異なケースのように感じられる。その点を伺うと

「なぜJSRさんやCarbonさんはこんなに協力してくれるのか、正直不思議でした。これで商売になるのかこちらが気になるくらい、一緒にモノづくりを行っていましたから(山本光学 富永氏)」

「サブスクリプション契約の本来の意味は、機器のリース契約や保守契約とは本質的に異なります。実際に機材を運用し、設計から開発までモノづくりをするお客様のプロセスそのものの変革をお手伝いすることだと考えています。これは今回特有の体制ではなく、Carbonが世界中で行っているサービスです。私たちはご一緒するお客様の熱量をきちんと成果につなげるお手伝いを行っているだけです(JSR 銅木氏)」

銅木氏の静かだが自信に満ちた回答に凄みを感じた。

最終製品と同じ製造方法だからこそ試作改善が最終品質の改善に直結

こうしてCarbonの強力な支援を受けながら、山本光学でのモノづくりが着々と進む。

「通常の製品開発は1年がかりで、金型を使用した試作も1,2回しか行いません。今回の鍋谷選手モデルは3か月弱の中で試作を7,8個作っています。(山本光学 富永氏)」

ほぼ毎週試作造形を行い、そのたびに鍋谷選手に着用感を聞く。最も重要視されたのが、安全性の確保だ。山本光学ではASTM(アメリカ材料試験協会)で規定されるスポーツゴーグルの安全基準に従った試験を行っている。試作段階でも最終製品と同等の試験を行いながら、課題の洗い出しと改善を行っていった。

「当初Carbon側からは硬い素材と柔らかい素材を組み合わせた二重構造の設計を提案されました。実際に山本光学の定める試験を行ったところ、硬い素材の部分が割れてしまい、耐衝撃力に課題があることがわかりました。一方で柔らかい素材に損傷はなく、うまく衝撃を吸収できることもわかりました。そこで柔らかい素材で一体造形することで鍋谷選手の眼の安全を守ることができるかどうか検証していきました。(山本光学 富永氏)」

自社製の耐衝撃試験装置写真
ASTM準拠の自社製試験装置で時速144kmのスカッシュ用ゴムボールを衝突させ試験する

試作品とは言え、Carbonの3Dプリンターは最終製造にも対応しているため、試作を通じて試験した内容を改善していけば、最終製品の品質向上に直結する。この点も開発期間を大幅に短縮できた点だ。

当初の鍋谷選手の希望であった広い視野角を確保できるように設計変更を継続した。さらにバレーボールは運動量が多い屋内スポーツ。選手が競技中にスポーツゴーグルを着用すると、汗でゴーグルが曇ることが分かった。その曇りを防ぐための空気穴を何度も調整した。

「ゴルフや野球のように屋外スポーツ向け製品の開発は経験があったのですが、屋内スポーツ向けのアイガードは初めての取り組みでした。ゴーグルの曇りに関しては最後まで修正を繰り返しました(山本光学 富永氏)」

試作品写真
アイデアの一例。複雑な空気穴構造も同じ柔らかい材料で一体造形

こうした短いサイクルで理想的な形状と強度を模索できたのも、シミュレーションだけではなく実際の試作品を短いサイクルの中でなんども試験できたことが大きいという。

「5回目の試作で、ほぼ形状的には決まったのですが、まだ少し曇りますね、とコメントをもらいました。最後の調整ということで、空気穴の形状を工夫して、試合に臨んでもらいました。(山本光学 富永氏)」

その結果、鍋谷選手は後顧の憂いなくワールドカップに参戦し、日本代表として活躍することができた。

鍋谷選手の実力と努力がもたらした成果であることは間違いないが、その背中を支えたSWANSのゴーグルと、短期間での開発を実現したチームの貢献は大きかっただろうと感じた。

SWAN アイガードのサイズ展開写真
SWAN アイガードのサイズ展開

今後は3Dプリンターならではのモノづくりを継続していくという事で、今回の鍋谷選手モデルのアイガードは実際に市販される。サイズも子供用、大人用が展開される。

「今回の取り組みを通じてCarbonの3Dプリンターでできる事が理解できました。またそれ以上に、もっとこんな事ができるんじゃないかというアイディアも沢山持つことができました。3Dプリンターでしかできない事を通じてモノづくりを進めていきたいと思います。(山本光学 富永氏)」

「選手の安全を守ることを第一義に考えていますが、3Dプリンターならではのモノづくりで新しい価値を生み出していきたいと思います。(山本光学 山本氏)」

既に取り組みは始まっており、山本光学ではクラウドファンディングを通じた完成品重量わずか10g以下の超軽量サングラスの開発を行っている。選手生命を守るスポーツ用アイガードとは全く違うアプローチだが、着用感が気にならないほど極限に軽いサングラスにも3Dプリンターならではの設計アプローチが秘められているようだ。こちらは別記事でも取り上げているので、参照されたい。

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