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「ハンドメイド×3Dプリント技術」で破棄される生地を減らす ― 生地のM

「生地のⅯ」運営会社代表の宮島大輔氏(出典:株式会社BISITS)

「生地のⅯ」は、ハンドメイド生地を専門で販売するオンラインショップだ。生地の販売だけでなく、日本のハンドメイド作品の普及に向けたさまざまな活動を行っている。一つひとつの活動の根幹には、「アパレル業界の服づくりを変えて、破棄される生地を減らしたい」という確固たる目標がある。目標を実現させるための一環として、現在はハンドメイドと3Dプリンターを組み合わせた服づくりにチャレンジしている。

今回は、運営会社「株式会社BISITS(ビジッツ)」の代表である宮島大輔氏に、3Dプリント技術の導入に向けた取り組みについてインタビューした。

生地に興味がなかった財務コンサルが生地屋になった理由

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行き場を失った生地を背に写真に写る宮島大輔氏(出典:宮島氏Twitter)

シェアラボ編集部:どのような経緯で「生地のⅯ」を立ち上げることになったのでしょうか?

宮島氏:もともと、僕の本業は中小企業の財務コンサルタントでした。生まれ育った岐阜県で中小企業の財務コンサルタントとして独立起業し、現在でも複数社の社外最高財務責任者(CFO)に就いています。

生地業界に関わるようになったのは、岐阜県で生地屋を経営する友人から、「日本製の生地の販売をしてほしい」という相談を受けたことです。

僕の地元である岐阜県は「繊維の町」として知られているのですが、今では繊維業で生き残っている企業がかなり少なくなっています。繊維業が衰退している要因の一つに、大手アパレル業界による服の大量生産が挙げられます。大量生産によって服として形にならずに破棄される生地や、海外に安く流されてしまう生地が多いことを知りました。実際に、日本製の生地が安価に買い叩かれていることによって、地元岐阜県の繊維産業の衰退は確実に進行しているとのことでした。

それまでは生地にあまり興味はなかったのですが、友人の話を聞き、「自分の事業で解決できないか」と考えて生地屋を始めることにしました。

「生地のM」で販売されている生地の一部 出典:  株式会社BISITS
「生地のM」で販売されている生地の一部 出典: 株式会社BISITS

「生地のⅯ」の使命は、破棄される生地を減らすこと

宮島氏:生地にほとんど馴染みがないなかで情報を集めていたところ、日本国内の生地の消費量は、アパレル企業に次いでハンドメイド作家さんが多いことがわかりました。さらに、繊維業と同じようにハンドメイドの文化も失われつつあることを知りました。

そこで、アパレル業界が破棄した生地を市場に戻すために、残反(衣料品の生産過程で余ってしまった生地)を仕入れてハンドメイド作家さんに販売しています。

もちろん、ハンドメイド作家さんに生地を提供したところで、その生地が販売できる製品に変わらなければ意味がありません。作品をつくるだけでなく、実際に販売して収益を得てもらうために、「Ⅿ大」という月額1,000円のメール講座で販売のノウハウを教えています。2023年10月には、岐阜県各務原市「学びの森」でリアルマルシェの開催を予定しています。

シェアラボ編集部:実際に製品として販売してこそ、破棄された生地が市場に戻ったといえますもんね。

宮島氏:そうですね。ただ、膨大な量の生地が破棄されているため、ハンドメイド作家さんへの販売だけで消費しきれる量ではないんです。もう少し有効に生地を使えたらいいのになという思いで、「障がい児服プロジェクト」を新たに立ち上げました。

プロジェクトを立ち上げたきっかけは、僕のSNSに届いた、障害のあるお子さんを育てている方からのコメントです。コメントを読んで、お子さんの身体の特性に合った服がなかなか見つからず、親御さんが市販の服を手直ししてお子さんに着させていることを知りました。クラウドファンディングで集めた100万円の資金をもとに、現在は1人のお子さんに対してテスト的に服をつくっているところです。

小学1年生の一歌ちゃん(2023年6月時点)が給食の時間に着用するスタイを製作中 出典: 株式会社BISITS

お子さん一人ひとりの障害の特性や体の大きさなどに合った服をつくろうと思ったときに、基本的にはフルオーダーでつくる必要があることに気づきました。そこで、「障がい児服プロジェクト」を通してフルオーダーで服をつくる技術を開発していこう、という流れになったんです。現在は、オーダーメイドの服づくりに3Dスキャナー・3D CAD・3Dプリンターを取り入れることを計画しています。

「生地のⅯ」での活動は多岐にわたりますが、すべての活動はアパレル業界で破棄される生地を減らすために行っているんです。フルオーダー・セミオーダー・お直しなどの技術を世界全体で高めていかなければ、破棄される生地や服は減らないと思っています。完全にゼロにすることは難しいですが、少しでも破棄される生地を減らすために活動しています。

3Dプリント技術のテスト導入で直面した課題

シェアラボ編集部:服づくりでは、3Dプリント技術をどのように活用する予定ですか?

宮島氏:3Dスキャナーでボディーをスキャンし、3D CADで3Dのボディーデータを作成します。理想としては、AIを使ってボディーデータを修正し、型紙までを3Dデータで起こせるようになったら一番いいなと思っています。

ただ、AIが型紙のデータを自動で起こした場合、人間が今まで考えてきたものとは違う、縫製することを考えない型紙ができてくるはずなんですよ。

通常の型紙のつくり方であれば、「袖はここで縫製する」といった縫製のパターンがある程度決まっています。AIが型紙をつくるとなると、人間が縫製することを想定していない、立体的な服を想定した状態で型紙を起こしてくる可能性があります。AIで型紙を自動生成できても、とんでもなく高いレベルで縫製ができないと服がつくれない状況が生まれると思っています。

AIが自動で生成した型紙をもとに人間が縫製できるようにするには、3Dプリンターを使って型紙に合わせた生地を出力する必要が出てきます。理想としては、3Dプリンターで繊維を出力して服をつくれるようになるのがベストですね。化学繊維の服を嫌がる子どもたちもいるので、天然繊維を出力できる3Dプリンターが開発できれば3Dプリンターでの服づくりが大きく前進すると思います。

ただ、いずれにせよ生地を「織る」工程が必要になるので、これから技術が進歩したとして、繊維を織るところまでをはたして3Dプリンターでできるのか、という懸念は正直あります。

シェアラボ編集部:現時点では服づくりに3Dプリント技術は導入されているのでしょうか?

宮島氏:まだ導入には至っていないです。「障がい児服プロジェクト」でテスト的に3Dスキャナーを使ってみたのですが、3Dスキャナーって体を静止した状態じゃないと使えないんですよね。子どもってじっとしていられないじゃないですか。特に、障害のあるお子さんは動いてしまう子が結構いるんです。ボディースキャンが上手くいかなかったので、3Dプリンターのテスト利用までは進まず、現在は3Dプリント技術の導入をストップしています。

動いている状態でもデータが取れる3Dスキャナーと繊維を出力できる3Dプリンターを開発するために、大学の研究ラボと産学連携していかなければと考えているところです。

シェアラボ編集部:すでに特定の大学と開発を進めているのでしょうか?

宮島氏:まだ開発は進めていないのですが、共同先の候補はいくつか挙がっています。また、当社から「(3Dプリント技術で)こういうことがやりたい」というアプローチをかけている企業さんもありますね。複数の大学や企業に話を聞いて、共同先を検討している最中です。

技術者が持っている考えと現場が求めているものには乖離があると思っているんですよ。なので、産学連携で大学と企業が共同開発していければ、世の中が求めている3Dプリント技術が生み出せると思います。

3Dプリント技術とハンドメイドは共存できる

シェアラボ編集部:3Dプリント技術とハンドメイド技術は相反するものに思えるのですが、共存は可能なのでしょうか?

宮島氏:はい。天然繊維が出力できる3Dプリンターが開発されても、縫製は人の手が必要になります。3Dプリントの技術がどれだけ発達しても、それは変わらないと思っていますね。

シェアラボ編集部:このお話を聞いて、ハンドメイド作家さんはとても安心されているのではないでしょうか。3Dプリント技術が発達することで、自分たちの仕事が取られてしまうのではないかと不安になる方もいらっしゃると思うので。

宮島氏:1着あたりの単価を度外視すれば、将来的にフルオーダーで服を3Dプリントすることはできるかもしれません。ただ、そこからどのように価格帯を抑えて実用化にもっていくかを考えたときに、3Dプリント技術とハンドメイド作家さんの技術を融合させるのがベストだと思っています。

たとえば、右腕に障害のあるお子さんの服をつくる場合は、ボディースキャンと右腕部分の型紙作成に3Dプリント技術を活用します。右腕部分の生地を市販の服に縫い合わせてリメイクすれば、コストがかなり抑えられるじゃないですか。服のすべてを3Dプリンターでつくるわけではないので。

シェアラボ編集部:あくまでも服の型紙をつくる土台の部分に3Dプリンターを使って、完成に近づける作業は人間が行うということでしょうか。

宮島氏:そういうことです。服を新たにつくる作業だけでなく、「お直し」の作業でも人の手は必ず必要になります。 「お気に入りの服が破れたのでリメイクしたい」となったときに、デザインの変更や破損部分の修繕を3Dプリンターで行うのはほぼ不可能じゃないですか。少なくとも、アパレル業界に関しては、3Dプリント技術とハンドメイド技術の共存は間違いなくできると思っています。むしろ、「ハンドメイドをサポートするために3Dプリント技術を活用する」という関係性になるのではないでしょうか。

「生地のⅯ」が思い描く事業構想

シェアラボ編集部:3Dプリント技術を使った将来的な事業構想について教えてください。

宮島氏:オンライン上にアパレルハンドメイドの街をつくろうと思っています。要はメタバースですね。

実際に足を運んで生地を買いに行くなら、日本では東京の日暮里が有名ですよね。同じように、「日本のアパレルハンドメイドの商品を買うならここのメタバース」と言われるものをつくろうとしています。具体的には、Web3と連携させたマーケットプレイスを自社アプリで開発しているところです。マーケットプレイスとは、Amazonや楽天、メルカリのようなプラットフォームのことですね。

最終的には、 アパレルのDAO(分散型自律組織)をつくりたいと思っています。たとえば、マーケットプレイス上で誰かが「こういうデザインの服をつくりたいんです」と手を挙げたら、その企画に協力したいデザイナーやパタンナー、ソーイングスタッフなどが集まって一つの服をつくります。そして、服が売れた分の収益をみんなでシェアする仕組みを構築するのが目標です。2023年の5月にマーケットプレイスのベータ版をリリースして、2023年の秋頃に正式なリリースを目指しています。

シェアラボ編集部:ありがとうございます。そのほかに考えている構想はありますか?

宮島氏:ミシンや3Dプリンターなど、ハンドメイドに必要な機材が置いてあるファブスペースをつくりたいんですよね。あとは、みんなが交流できる場をつくりたいなという構想もあります。

シェアラボ編集部:とてもいいですね。ファブスペースがあれば、作家さん同士がチームを組んで一緒に仕事をすることもしやすくなりそうです。ファブスペースについては、「いつまでに実現させたい」という具体的なプランはありますか?

宮島氏:実はすでに、東京の新橋にあるカフェにミシンだけ設置させてもらっているんです。今後も、カフェのような店舗にハンドメイド機材を設置させてもらうことを進めていけば、家賃をかけずにファブスペースを展開することができます。お店側としても集客のコンテンツになるので、お互いにメリットがありますよね。

僕自身、自分の会社や社外の最高財務責任者(CFO)に就いている会社を含めて、20社以上の経営や財務に携わっています。人脈も活かしながら、ハンドメイド機材を設置してもらえる店舗をさらに増やしていきたいですね。

また、これはもう少し先の構想にはなりますが、3Dプリンターを使った遠隔操作での服づくりができるようになればいいなと思っています。たとえば、日本でつくった服を海外へ販売する場合、本来であれば製品を海外に輸送する手間がかかります。遠隔操作の技術が開発されれば、「日本から海外に3Dデータを送る→海外にある3Dプリンターで服の型紙を出力する→日本にいる縫製担当者が遠隔でミシンを操作して服を完成させる」ということができてしまうんです。

シェアラボ編集部:日本の縫製担当者が遠隔でミシンを操作するメリットはどのようなものなのでしょうか?

宮島氏:1つ目は、日本人は手先が器用な人が多く、縫製技術も高いことです。ミシンの遠隔操作ができれば、日本人の縫製技術の高さを効率的に活かすことができます。

2つ目が、メイドインジャパンの服を増やせることです。アパレルはちょっと特殊な業界で、最後に縫製をした国が「メイドイン○○」と表記されます。生地が日本製であっても、縫製した国が中国であれば「メイドインチャイナ」になるというわけです。

日本の縫製会社を利用すると人件費が高いという理由で、現在は多くのアパレル企業が東南アジアの縫製会社を利用しています。ただ、遠隔操作で縫製ができるようになれば、日本の縫製技術を活かせる機会が増えるのではないかと思っています。

シェアラボ編集:日本で縫製した服が増えることで、メイドインジャパンの服も増えるということですね。

宮島氏:そういうことです。服のタグに「メイドインジャパン」と表記されることで、日本に入る利益が直接的に変わるわけではありません。ただ、日本の縫製技術の高さを評価してくれる国が増えれば、単価が高くても日本に縫製を頼みたいという国が増えてくると思うんですよね。遠隔操作の技術が開発されれば、その動きを加速させられると考えています。

日本だけでなく、海外に向けたアイデア・技術の提供を

シェアラボ編集部:最後に、ShareLabの読者に向けてメッセージをお願いします。

宮島氏:僕は、日本のものづくりで「外貨を取りに行くビジネスモデル」を構築したほうがよいと思っています。日本でつくった製品を日本で販売することばかり考えてしまいがちですが、中小企業が日本のものづくりのアイデアや技術を海外に提供できれば日本の景気は回復していくと思います。

実際に、日本のものづくり技術の高さを評価しているのは日本よりも海外の国々なんですよ。「生地のⅯ」ではブラジル・ドバイ・メキシコなどへの海外展開を進めていて、僕も頻繁に現地へ足を運んでいます。そのたびに、海外の人たちのほうがメイドインジャパンを信頼しているなと感じますね。

3Dプリンターは時空を飛ばすことができるツールなので、3Dプリント技術を上手く活用すれば、海外に日本のものづくりをもっと提供できると思うんです。日本の企業全体が、海外をマーケットに含めたものづくりの視点を持てるとよいのではないかと思っています。

おわりに ― 地元の中小企業から日本の経済を回復させていく

宮島さんは「生地のM」を含めて4つの会社を経営しており、そのほかに5社の社外CFOも務めている。スポットでコンサル顧問に就いている会社を含めると、経営・財務に携わっている会社は20社を超える。

複数の事業と並行して、専門外の領域で事業を立ち上げる決断はなかなかできるものではない。その熱意はどこから湧き上がってくるのかと宮島さんに訊ねたところ、こんな答えが返ってきた。

「根本にあるのは、日本経済をどうにかしなきゃいけないという思いです。企業の財務コンサルタントや『生地のM』の事業を行っているのは、中小企業がきちんと利益を得られる体制をつくるためなんですよね。地域の中小企業が発展すれば、その企業で働きたい人が集まってくる。そして、利益を生み出せる人が増えれば、資金が循環して経済が回っていくんです。日本経済をどうにかしようと思ったら、国全体を変えようとするのではなく、まずは自分の地域から経済を回していかないといけない。そのために、自分の事業や外部の財務コンサルを通して利益を上げられる中小企業を生み出しています。」

中小企業が発展することで日本経済が回復していく。まっすぐな宮島さんの言葉には、前向きな力強さが込められていた。かくいう当社も中小企業である。日本に3Dプリンターを使ったものづくりを広めるために、まだまだできることがあるはずだと背中を押された。

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