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国内3Dプリンター市場動向と規模:矢野経済研究所の所感と業界展望を聞く

市場推移イメージ

先日、AM業界の各団体に「3Dプリンターはなぜ国内で普及しないのか?」を題材に取材を行った。その結果、うまく普及しない背景には日本企業の姿勢や装置価格など、さまざまな問題が複雑に絡みあっていることが分かった。ただ、本当に普及していないのだろうか?実際には少しずつであるが、国内での3Dプリンターの導入台数など、着実に増えてきているのではないだろうか?

そんな疑問を解消すべく、今回は3Dプリンター市場の数字面に焦点を当て、矢野経済研究所 ICT・金融ユニット 主任研究員 小山博子氏に取材を行った。矢野経済研究所は、さまざまな産業分野のスペシャリストが多数在籍し、独自の分析を実施・公開する市場調査とマーケティングの専門会社だ。本稿では小山氏へのインタビューを通して、3Dプリンター市場の国内外の動きと今後の展望をお伝えする。

矢野経済研究所 小山 博子氏
矢野経済研究所 ICT・金融ユニット 主任研究員 小山博子氏

コロナの影響は3Dプリンター市場にも

ShareLab編集部:国内3Dプリンター市場は、直近の3年間でどのように変化しましたか。

小山氏:2020年から2022年の3年間でお話をさせていただきますと、2020年は新型コロナウイルスが流行して在宅勤務が普及しました。それまでデザイン系で3Dプリンターを利用していた方々は、自宅にデスクトップタイプの3Dプリンターを買って何かを作ることが増えました。そのため、デスクトップタイプは順調に出荷が進み成長しました。反対に、投資の先行きが不透明になったことで、本来はもっと伸びて欲しい産業用の3Dプリンターは商談がストップしたものもあるなど、出荷台数を思うように伸ばせなかったのが実情です。

ShareLab編集部:提供いただいた資料では、2020年の出荷台数は9,210台で前年と比べて微増となっていますが、売上高は減少していますね。

3Dプリンタ国内市場規模推移と予測
出典:株式会社矢野経済研究所『2021年版3Dプリンタ市場の現状と展望』(2021年3月発刊)
3Dプリンタ国内市場規模推移と予測
出典:株式会社矢野経済研究所『2021年版3Dプリンタ市場の現状と展望』(2021年3月発刊)

小山氏:はい。出荷台数としては微増なのですが、ハイエンドの3Dプリンターの出荷台数が思うように伸びなかったため、売上高は少し落ち込んでしまいました。2020年は対面での営業が難しくなり、実際に機械が動くところや作る現場を見たいというニーズが多い3Dプリンターにとっては、マーケティングや拡販で課題感を感じるメーカーもあったように見受けられます。

ShareLab編集部:2020年はコロナ禍の影響がかなりあったようですが、その翌年はいかがでしょうか。

小山氏:2021年は、予測していたよりは売上の回復が早かったと思います。出荷台数ベースでは2020年よりわずかに増え、2020年に停滞した案件も思ったより早く動き出したという話を多く聞きました。しかし、依然として金額の高い装置については動きが鈍く、売上金額はほとんど横ばいであったと推測しています。

ShareLab編集部:海外でもコロナ禍の影響はあったと思いますが、日本との違いはありますか。

小山氏:海外のほうが3Dプリンターは流通しているので、日本ほど大きなダメージはなかったようです。3Dプリンターの有力メーカーは海外に多いです。そのため、日本でも、設備投資の意欲はあるものの、円安の影響を受けているようにも見受けられます。そういったことから、2022年の市場の動向も、昨年とそれほど変化はなかったのではないかと見ています。

3Dプリンタ世界市場規模推移と予測
出典:株式会社矢野経済研究所『2021年版3Dプリンタ市場の現状と展望』(2021年3月発刊)
3Dプリンタ世界市場規模推移と予測
出典:株式会社矢野経済研究所『2021年版3Dプリンタ市場の現状と展望』(2021年3月発刊)

国内の3Dプリンター市場における成長・停滞理由とは

小山氏:コロナは様々な産業に影響を与えましたが、3Dプリンター市場にとっては停滞理由にも成長理由にもなっていると思います。コロナ禍に入って最初の頃、呼吸器などの医療器具を3Dプリンターで作るというニュースがテレビで多く流れました。そういった報道によって、改めて3Dプリンターのメリットが訴求され、詳しく知らない人にも「こういうこともできるんだ」という気づきになりました。そんなきっかけを得て前向きに考える人が増えたことは、プラスの出来事だったと思います。

ShareLab編集部:なるほど。コロナ禍によって3Dプリンターに注目が集まったという良い影響があったんですね。

小山氏:一方で市場の停滞理由はコロナだけではありません。ここ3年に限ったことではなく、3Dプリンターの成功事例で公開されるものが少ないのがネックになっています。他方で、海外は成功事例があると「当社はこんなことができます」と公開するため、その部分の違いがあると感じます。

ShareLab編集部:事例については、企業の機密保持もあって難しい問題ですね。

小山氏:はい。日本企業では知らないうちに成功しているところは成功している、というのが実情ですね。また、開発でつまずくことがあった時も、海外のメーカーは他企業にアドバイスを求めます。「自社だけではすべての課題を解決できない、他社の力も借りて一緒に成長しよう」という考え方が海外の3Dプリンター業界では根付いています。海外でも機密性の高いところについて一緒に、ということは難しいですが、日本では、その「難しい」の範囲が広いのかもしれません。

ShareLab編集部:3Dプリンターは国内で進んでいないように見えつつも、実は少しずつ使っている会社が増えているということですね。具体的にどういった用途で広がりを見せていますか。

小山氏:業界別ではやはり製造業が増えていますが、中でも自動車や家電が多いです。当初は試作品や治具が多かったんですが、最近は最終製品や補修部品に使われることが増えてきました。古くなった部品を倉庫に保管しておくよりは、3Dプリンターで作ろうという動きですね。あとはフード3Dプリンターで、高齢者が食べやすい食品の開発の利用もちらほら出ています。自由に食感を実現できたり、栄養価を考えて作れたりするもので、介護食への応用も注目されています。食事や薬関係だと法改正が必要な場合もあるため、保険適用も含めて利用しやすくなればいいなと思います。

>>関連記事「フード3Dプリンターのメリットとは?~3Dプリンターでつくる食べ物最新事例~」

注目すべき国内の3Dプリンター市場動向・事例

ShareLab編集部:国内3Dプリンター市場で注目されている動向や事例について教えてください。

小山氏:国内市場の最近の事例では、高島屋が2023年の初売りでセレンディクス社の3Dプリンター住宅を出すと発表しました。これはとても夢がある取り組みですし、3Dプリンター住宅が300万円台で購入できるのは身近な感じがしますね。

3Dプリント住宅「Sphere」 出典:セレンディクス社

ShareLab編集部:ここ数年、建築業界での3Dプリンター活用が注目を集めていますね。

小山氏:建築での3Dプリンター活用は、これまでドアのパーツ製造などが主流でした。建築基準法との関連性があり、実際の建物を作るのが難しかったためです。しかし今は、じわじわと事例が増えている傾向にあります。あとは品質保証をどうするかが課題ですね。セレンディクスと三井住友海上が3Dプリンター住宅への保険を開発するという話題もありますが、保険があると安心材料になります。3Dプリンター住宅で何か問題が起こったときに、どこに責任があってどの範囲まで補償が受けられるのかがもう少し明らかになれば、買う人も安心できると思います。

ShareLab編集部:他にも注目している事例があればお聞かせください。

小山氏:良品計画の路面店に3Dプリントサービスを導入するという事例にも注目しています。3Dプリンターを店舗の中に入れて、その場で制作・完成した商品を提供するというものです。良品計画は多くの消費者にとって身近なブランドですから、「3Dプリンターでこんな製品を作れるんだな」と感じてもらえる良いきっかけかもしれません。

メーカーの動向ではHPが金属3Dプリンターを発表しました。これは日本国内でも近年発売予定と言われています。HPの3Dプリンターは速くきれいに、かつ良いものができるのが特徴で人気も高いため、金属対応のものが発売されるのは、多くの方の期待に応えるものではないでしょうか。これにより金属3Dプリンターがますます普及するのではと期待しています。

3Dプリンターのますますの普及に向けて、いま必要なこと

ShareLab編集部:国内3Dプリンター市場予測と今後の展望を教えてください。

小山氏:近年は3DCADの販売が伸びてきているのに伴い、3Dプリンターの出荷も順調に増えるのではと予測しています。ただ、ネックになるのは人材の問題で、3Dプリンターを使える人材の育成が急務です。国はリカレント教育を推進しているものの、3Dプリンターの分野を教えられる人材が豊富かというと疑問があり、そのあたりはメーカーと協力して育成するのが最適かもしれません。時には海外の技術者を招いて学ぶなど、3Dプリンターを使える人を国内で増やすことが業界として伸びることにつながると思います。

また人材の育成に加えて、やはり3Dプリンターの目に見えるメリットがあれば、多少金額が高くても導入は進むと思います。しかし、そのメリット自体がまだ見えないのが日本市場なので、その点は大きな課題ですね。

海外では現場で実践しながら使い方を覚えていき、失敗を成功につなげます。しかし日本の場合は、確かなものがつくれるという安全神話が優先されることが多く、例えば、部品を100個作ったときに、99個は確実にできるが1個が上手くいかないだけで足踏みしてしまうといった形です。

ShareLab編集部:なるほど。そういった状況を打破するために、今最も必要なことは何でしょうか。

小山氏:日本には製造業が多いので、その業界でたくさん使って事例を出すのが、市場の普及には最も大事だと思います。3Dプリンターの前回のブームは2014年頃でしたが、いま業界で普及し始めている3DCADも市民権を得るまでには10年かかりました。そのサイクルでいえば、2024年頃にもう一度3Dプリンターがブレイクするのではと予測しています。材料の開発や事例の共有、医療分野での保険適用といった諸々の課題はありますが、今後もできる限り数値や動向をまとめて市場の発展に寄与したいと思います。

おわりに:販売台数・売上高は微増ながらも着実にAM普及が進む国内市場

コロナの影響が大きく、年単位での国内3Dプリンターの販売台数と売上高を前年比較すると微増である国内AM市場。一方で、建築分野でのセレンディクスやコンシューマー分野での良品計画など、3Dプリンターに関する前向きな情報が出始めている。工業分野でも多くの資金調達を成功し、従来の金属3Dプリンターの500倍の造形速度と90%のコストダウンを実現を目指すSUN METALONなど新たなプレイヤーに注目が集まっている。

また一見微増に見える国内市場だが、累計の販売台数と売上高は着実に伸びており、一程のスピードで市場は着実に成長している。この直近3年でも国内で約3万台販売された3Dプリンターは、表には出ていないだけで、各企業内で導入し、活用されているだろう。小山氏が「日本企業では知らないうちに成功しているところは成功している」と語ったように、知らないうちに競合他社では3Dプリンティング・AM技術を使いこなしているのかもしれない。

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