経済産業省は、コンテンツ関連技術の社会実装を推進する「コンテンツテクノロジー・イノベーションプログラム(CTIP)」において、2025年度の採択技術を発表した。本年度は、応募および推薦技術の中から厳正な審査を経て6件が選ばれた。対象分野はVR、ロボティクス、ヒューマンインタフェースなど多岐にわたり、いずれも次世代のコンテンツ体験に直結する先端技術である。シェアラボとしては、今回の採択技術の中に3Dプリンターを活用した入力インタフェース技術が含まれている点に注目した。これは、従来のCTIP採択技術の傾向と比べてもユニークな位置づけといえる。(上部画像は一般財団法人デジタルコンテンツ協会(以下、DCAJ)のプレスリリースより。出典:DCAJ)
目次
CTIPの概要と目的
CTIPは、研究室発の先端テクノロジーを社会へと橋渡しすることを目的とした事業である。展示・検証の場「Tech × Value Lab」や、産学官のステークホルダーが参加するワークショップを通じて技術を実証し、国内外への展開を視野に入れている。研究成果を研究室に留めず、産業・生活に接続していく取り組みである。
採択された技術は11月19日から21日まで幕張メッセで開催される「INTER BEE IGNITION × DCEXPO」において展示され、来場者は最新のコンテンツテクノロジーを直接体感できる。
採択技術一覧と3Dプリンター関連技術
3Dプリンターを活用した「栗原式インパクトボタン」
津田塾大学栗原研究室による「栗原式インパクトボタン」は、今回の採択技術の中で唯一3Dプリンターを直接活用した事例である。導電性プラスチックである導電性フィラメントを3Dプリンターで印刷して製作される、新しいタイプのゲーム用入力インターフェースである。
本技術の最大の特徴は、3Dプリンターによってユーザー一人ひとりの手の形や操作習慣に最適化された任意の形状のコントローラーを製作できる点にある。さらに、一つのボタン形状を工夫することで複数の押下可能箇所を設けることも可能であり、既存のゲームルール内で従来にない高性能な操作性を提供し得る。
実際に、格闘ゲーム「ストリートファイター6」における「ドライブインパクト」では、従来のボタンと比較して平均で約2.9フレーム早く入力できるという実測値が得られている。これはフィッツの法則を応用したコントローラーデザインとの組み合わせによる成果であり、eスポーツのように反応速度が勝敗を左右する分野において極めて重要な意味を持つ。
また、導電性フィラメントとインターフェース設計の専門知識を組み合わせることで、格闘ゲームに限定されない応用の可能性が広がっている。導電性素材を用いた全く新しいゲームコントローラーの開発や、高速かつ直感的な入力が求められる操作デバイスへの展開も視野に入る。
この技術はユーザーの操作性を科学的に最適化し、カスタマイズ可能なインターフェースを提供するものであり、以下のような幅広い分野での社会実装が期待される。
- エンターテインメント体験の拡張
- 特定スキルを要する競技におけるパフォーマンス向上
- アクセシビリティの改善(身体拡張の可能性を含む)
3Dプリンターの「個別最適化」という強みを最大限に活かした本技術は、競技分野から福祉領域に至るまで、新しいユーザー体験を創出する基盤となり得る。

栗原 一貴、DCAJ)
その他の採択技術(概要)
- ROomBOT(慶應義塾大):空間をロボット化し、自立生活を支援する空間知能化ロボティクス。
- MoHeat(東京大学):非接触で温度を提示する高速感覚インタフェース。
- FlexEar-Tips(慶應義塾大・大阪大):空気圧制御で変形するイヤーチップによるヒアラブルデバイス。
- PronounSE(京都産業大・産総研):口真似音声から効果音を生成するAI技術。
- Handoid(東京大学):脱着可能なロボットハンドによるマルチプレゼンス型アバター。
これらは直接的に3Dプリンターを利用してはいないが、いずれも新しいユーザー体験や社会実装を視野に入れた先端的研究である。
3Dプリンター技術から見た意義
今回のCTIP採択で特筆すべきは、3Dプリンターを「試作」ではなく「ユーザーごとに最適化された製品製作」の領域に応用している点である。
従来、3Dプリンターはプロトタイプや小ロット生産に活用されることが多かった。しかし栗原式インパクトボタンは、ユーザー体験を科学的に最適化するためのカスタムデバイス製造手段として位置づけられている。これは、eスポーツや医療リハビリテーション、教育機材など、従来の大量生産アプローチでは対応できなかった分野での価値創出につながる。
特にアクセシビリティの観点では、身体に不自由を持つユーザーに合わせた入力デバイスを迅速に設計・提供できる点が注目される。3Dプリンターの持つ「個別最適化」の強みが社会実装に直結する事例として大きな意味を持つ。
今後の展望
CTIP 2025で採択された6件の技術は、いずれも次世代コンテンツ体験を大きく変える可能性を秘めている。その中でも栗原式インパクトボタンは、3Dプリンターが持つカスタマイズ性と即応性を活かし、エンターテインメントから福祉まで幅広い応用を切り拓くものとなるだろう。
CTIPが掲げる「研究室から社会へ」というビジョンの下、3Dプリント技術応用事例として今後の展開が期待される。
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