首都直下地震の被害想定が更新され、改めて“災害関連死”への備えが問われている。歯科技工所を運営する株式会社お守り入れ歯(北海道札幌市、以下、お守り入れ歯)は、義歯を3Dスキャンしてクラウド保管する無料サービス「入れ歯銀行」を全国展開している。開始3年で保管数は640個、提携歯科医院は18カ所に拡大。大規模災害時には無償で義歯を提供する体制も整えた。水や食料の備蓄は進む一方で、見落とされがちな「口腔環境」の確保。義歯をデータとして残すという取り組みは、災害時の二次被害防止に向けた新たな備えとして注目される。
目次
首都直下地震と“災害関連死”の現実
2025年12月に更新された被害想定では、首都直下型地震により最悪の場合、直接死約1万8,000人、災害関連死は最大約4万1,000人とされた 。災害関連死の要因の一つが誤嚥性肺炎だ。避難所生活で義歯を紛失・破損したり、十分な洗浄ができなかったりすることで、食事が摂れず体力が低下するケースが報告されている 。「助かったのに、その後に亡くなる」。この現実を変えたいという思いから始まったのが、義歯データのデジタル保管サービスだ。
「入れ歯銀行」とは何か
お守り入れ歯が展開する「入れ歯銀行」は、現在使用中の義歯を3Dスキャンし、デジタルデータとしてクラウドに分散保管するサービスである 。
サービス概要
- 既存義歯の洗浄・除菌
- 3Dスキャナーで読み取り
- クラウド保管(海外を含む3カ所に分散)
- 料金:無料(スキャン・保管・データ引き出し)
スキャン時間は約30分。複製時には他県の提携歯科医院でもデータを引き出せるため、災害時だけでなく、日常の紛失や引っ越し、かかりつけ医院の廃業にも対応できる 。2023年2月の全国展開開始以降、保管数は640個、提携歯科医院は18カ所に拡大した 。
東日本大震災がきっかけ
サービスの原点は東日本大震災だ。義歯を持ち出せなかった、避難中に破損した、医院が被災しカルテが流失した――そうした事例が相次いだ 。当初は仮義歯の自宅保管を推奨していたが、デジタル技術の進展を受け、2021年にクラウド保管を開始。2023年から全国展開へと踏み出した 。2025年3月からは大規模災害時の義歯無償提供もスタート。蓄電池搭載の移動診療バスも稼働しているという 。
3Dスキャンと分散クラウドが支える仕組み
この取り組みの要は、義歯の3Dデータ化と分散クラウド保管にある。製造業で言えば、CADデータを安全にバックアップし、どの拠点でも再製造できる体制を構築するのと同じ発想だ。フィジカルな製品が失われても、データが残っていれば再生産できる。医療分野でこの仕組みを実装した点は注目に値する。
シェアラボ編集部コメント
3Dスキャンやクラウド保管というと、製造業では当たり前の技術だ。しかし「義歯」という生活に直結するプロダクトに応用することで、災害関連死という社会課題にアプローチしている点は示唆的である。日本は地震大国だ。分散型製造やデジタル在庫という考え方は、医療だけでなく部品供給や地域生産にも応用できる。AM業界にとっても、「データがあれば作れる」という価値を、改めて社会に示す事例といえるだろう。
用語解説
| ■ 義歯(ぎし) 失った歯を補うための人工歯。一般に「入れ歯」と呼ばれる。咀嚼機能の維持や発音の補助に重要な役割を持つ。 |
| ■ 3Dスキャン 立体物の形状をデジタルデータとして取得する技術。医療、製造業、建設など幅広い分野で活用され、再製作や設計データ化を可能にする。 |
| ■ クラウド分散保管 データを複数拠点のサーバーに分散して保存する仕組み。災害やシステム障害発生時でもデータ消失リスクを低減できる。 |
| ■ 災害関連死 地震や津波などの直接被害ではなく、避難生活や医療体制の混乱、体力低下などに起因して発生する死亡を指す。 |
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