日本初の3Dプリンター専業住宅メーカー・セレンディクスが叶える「車と同じ値段で家が買える未来」
セレンディクス株式会社は、2018年8月に設立された3Dプリンター専業住宅メーカーだ。2022年3月に日本初の3Dプリンター住宅を建築し、2022年度販売分の全 6 棟がすでに完売している(2022年12月時点)。『日経トレンディ 2022年12月号』では、「2023年のヒット予測ランキング」のなかで同社の3Dプリンター住宅が取り上げられた
今回は、セレンディクスのCOOである飯田国大氏に、日本初の3Dプリンター住宅が誕生した経緯や今後のセレンディクスの展望についてインタビューした。(上部メイン画像提供:セレンディクス、©CLOUDS Architecture Office)
目次
日本初の3Dプリンター住宅をつくった「セレンディクス」とは
3Dプリンターの住宅を「24時間以内」でつくることに成功
シェアラボ編集部:はじめに、御社の企業概要について教えてください。
飯田氏:セレンディクスを一言で表すと、「日本初の3Dプリンター専業住宅メーカー」です。
2021年に「3Dプリンターを使って24時間で家をつくる」ことを発表し、翌年の3月に23時間12分で3Dプリンター住宅を実際に完成させました。家の広さは10平米で、家の素材には鉄筋コンクリートを使用しています。
鉄筋コンクリートで家をつくるにあたって、注文住宅メーカーの「百年住宅」をはじめとした複数企業に協力を依頼しました。百年住宅は、鉄筋コンクリート住宅の着工棟数が10年連続日本一(2022年12月時点)の企業です。当社の記念すべき第1号の3Dプリンター住宅(プロトタイプ)は、愛知県内にある百年住宅の工場内でつくりました。
24時間で家を完成させたというニュースは、日本だけでなく、世界29ヶ国・59の媒体で配信されました。もともと国内向けのプレスリリース配信しかしていなかったので、予想外の広がりを見せたことにとても驚きましたね。
3Dプリンター住宅「Sphere」は、2022年販売予定分がすでに完売
シェアラボ編集部:プレスリリース配信後、どのような反響がありましたか?
飯田氏:10平米の3Dプリンター住宅「Sphere(スフィア)」の販売を開始したところ、国内外から購入希望の問い合わせが1,000件以上ありました。販売価格が330万円と非常に手ごろなこともあり、2022年11月の時点で、2022年度販売分の全6棟が完売となっています。
また、『日経トレンディ2022年12月号』の「2023年ヒット予測ランキング」では、当社の3Dプリンター住宅が20位にランクインしています。全100位のランキングのなかで、スタートアップ企業としては当社が唯一のランクインでした。
10平米の住宅を発表して以降、60歳以上の方からの問い合わせが急増した
シェアラボ編集部:どのような方から購入希望の問い合わせがありましたか?
飯田氏:60代以上の方からのお問い合わせがとても多かったです。購入を検討されている理由を確認したところ、「60歳を超えてから賃貸物件が借りにくくなったので早く家がほしいと思った」という方が多くいらっしゃいましたね。
そこで、「慶應義塾大学 KGRI 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター」とタッグを組み、夫婦2 人が住める49平米の3Dプリンター住宅を共同開発することにしました。
2023年の1月・2月までにはプロトタイプ1号機をつくって、2023年の春から「フジツボモデル」として一般販売をしたいと考えています。こちらも2022年11月の時点で、すでに1,700件ほどのお問い合わせをいただいている
状況です。
「30年の住宅ローンを本当に払い続けられるのか?」という疑問がプロジェクトの原動力に
シェアラボ編集部:どのようなきっかけで3Dプリンター住宅の開発を始めたのでしょうか。
飯田氏:「30年の住宅ローンを本当に払い続けられるのだろうか」と考えたことがきっかけです。
日本人の住宅ローンの平均完済年齢は73歳で、定年後も住宅ローンの返済に追われている方が多くいらっしゃいます。また、すべての日本人が住宅ローンを組めるわけではなく、約4割の方は一生住宅を持てない状況です。一生住宅を持てない人の割合は、過去10年間で約10%も上昇しています。
「一度しかない人生、もっと自由に生きていいはずだ」「自由を阻害している最大の要因は『家』にある」と思い、家をゼロから再発明することにしました。
家をゼロから再発明するとは、人の手を介さずに3Dプリンターで家をつくれるようにするということです。3Dプリンターで24時間以内に家を施工することで建築コストを抑え、「車を買い替えるように家を買い替えられるようにしたい」と思いました。
最終的には、100平米300万円台で販売できる住宅をつくりたいと考えています。
スタートアップ企業の大きな役目は、これまでの社会の課題を解決することです。既存のビジネスと競合するものであれば、セレンディクスがやる意味はないと思っています。セレンディクスでは、「30年の住宅ローンをなくす」というミッションを掲げて家の再発明に取り組んでいます。
ここで誤解しないでいただきたいのは、5年くらいのローンは発生するということです。ただ、30年という長期的なローンの支払いから解放されるのは非常に大きいと思います。
競合企業の心を動かしたのは、「30年の住宅ローンをなくしたい」という熱意
シェアラボ編集部:24時間で3Dプリンター住宅をつくるプロジェクトには、何社の企業が関わっていたのでしょうか。
飯田氏:協力企業の数は約170社です。協力企業のなかには、当社の一部競合にあたる事業を行っている企業もありますね。実際、当社が協業の相談をもちかけた際に「自社の競合にあたるセレンディクスと協業するメリットはあるのか?」と疑問を抱いている企業もありました。
当社との協業に消極的な企業に対して、私はいつも次のような話をします。
「たしかに、一企業として見れば競合する部分もあると思います。ただ、これだけ社会が急速に変化し、30年後に勤め先の企業が存続しているかもわからないような状況で、本当に70歳を過ぎても住宅ローンを払い続けますか?」と。
そうすると、「たしかにそれは大きな課題だ。」という話になり、突然皆さんが味方になってくれますね(笑)。当社の競合にあたる企業とも協業できているのは、「30年の住宅ローンをなくしたい」という思いに共感してもらえたからなんです。自社の力だけでできることには限界があるので、力を貸してくれた企業の方々にはとても感謝しています。
材料費が高い問題については、コストを抑えた材料開発を協力企業に依頼しました。
開発まで3年はかかると思っていたのですが、わずか2ヶ月で完成させてしまったことにとても驚きましたね。
施工については、技術面はもちろん、気持ちの面でも粘り強く協力してもらえたことが非常に大きかったです。まったく前例のないチャレンジだったので、はじめは協力会社の皆さんの表情に不安が残っていました。
そこで私は、協力会社の方々の前で「墨俣一夜城」の話をしました。墨俣一夜城とは、豊臣秀吉が一夜で築いたと語り継がれる城の名前です。「豊臣秀吉が一夜城を建てたのは約400年前です。一夜城をつくれないはずはないじゃないですか!」という話をしたら、2/3が辞退され残り1/3の皆さんが「やりましょう!」と言ってくれました。
そこからは全員の気持ちが一つになり、「絶対に一夜城を完成させるぞ!」という思いでプロジェクトに打ち込みましたね。
私自身も実際にプロトタイプ1号を完成させる事を強く信じていました。プロトタイプ1号の施工日にはテレビ取材が入っていたので、「24時間以内に施工しないとテレビ的に取れ高がない……」というプレッシャーもありました。さまざまな思いを背負ってのチャレンジだったので、24時間での施工が成功して本当によかったです。
「政令指定都市から90分の場所に住宅を建てること」を推奨している
シェアラボ編集部:2022年度販売分の「Sphere」は、どのような場所に設置される予定ですか?
飯田氏:静岡県・長野県・大阪府・岡山県・福岡県・大分県に設置予定です。
「Sphere」をはじめ、当社の3Dプリンター住宅は政令指定都市から90分のエリアに設置することを目指しています。政令指定都市とは、政令で指定された人口50万人以上の都市を指します。
政令都市から90分のエリアに限定しているのは、「土地代が安い」「必要なときに都市に行ける距離」という2つのメリットを満たせるからです。 政令指定都市から90分のエリアでは、400平米の土地が100万円前後で購入できてしまうこともあります。
都市に住んだ場合、住宅ローンを完済しても、年間20~50万円の固定資産税を払わなければなりません。若いうちはよいかもしれませんが、年金生活でその金額を払い続けるのは厳しいと思っています。都市と同じ広さの土地でも、地方に住めばむことで固定資産税を1万円以下に収めることも可能です。
リモートワークが普及したことで、都内の企業に在籍していても地方で仕事ができるようになりました。今後リモートワークがより一般的になっていき、働く場所の選択肢が増えれば、「通勤可能エリアに住まなければいけない」という問題はクリアできると考えています。
ただ、そうは言っても、不定期でオフィスに出社しなければならない日があるかもしれません。そのような状況を考慮して、当社では政令指定都市から「90分」というエリアにこだわって3Dプリンター住宅を販売しています。週2回くらいのペースで都市に出るとなると、政令指定都市から2時間も3時間も離れた場所に住むのは厳しいと思います。土地代と都市までの距離の兼ね合いから、政令指定都市から90分のエリアに家を設置するのが適していると判断しました。
セレンディクスが建設用3Dプリンター装置メーカーではない理由
シェアラボ編集部:3Dプリンター住宅をつくるにあたって、建設用3Dプリンターそのものを自社開発することは考えましたか?
飯田氏:3Dプリンターの自社開発は考えませんでしたね。
海外では日本より3Dプリンターの市場規模が大きく、10年以上前から3Dプリンターの開発を進めている企業がほとんどです。中国の3Dプリンターメーカー「WINSUN」にいたっては、20年以上前から開発を進めています。当社が今からオリジナルの3Dプリンターを開発しても、10年も20年も前から開発を続けている海外企業には勝てないだろうと思いました。
さらに恐ろしいのは、これらの海外企業から毎週のように新しい技術が生まれていることです。ひとたび特許を取得されてしまったら、当社は全く太刀打ちできなくなるでしょう。世界中の3Dプリンター関連特許は中国40%、米国20%、欧州15%で、日本はわずか9%しかありません。
また、当社代表の小間が「一般化していく技術の開発に手を出すべきではない」という方針を示していることも理由の一つです。3Dプリンター技術の進歩によって、業務用3Dプリンターの価格はどんどん下がっています。一時期は1億円まで高騰していた製品も、現在では4,000万円前後で手に入るようになりました。
そのような理由から、既に競争が激しい建設用3Dプリンター自体の開発よりも、「3Dプリンターを使って何をつくるか」を考えることに集中しようと思いました。
世界の3Dプリンター専業住宅メーカーと互角に戦える、セレンディクスならではの強み
シェアラボ編集部:約170社の協力企業のなかには、海外の企業もあるのでしょうか。
飯田氏:はい。協力企業の約9割が日本企業で、残りの1割が海外企業です。当社は3Dプリンター住宅の業界でも最後発の部類に入りますが、海外企業から協業の相談が来ることもありますね。
その理由は、当社の「3Dプリンターで球体の家をつくる技術」を高く評価してもらっているからです。
「Sphere」の大きな特徴の一つに、家の形が球体であることが挙げられます。球体の出力にはとても高度な技術力が求められますが、フォルムを球体にすることで屋根と外壁を一体成型することができます。一般的な3Dプリンター住宅では、垂直な外壁を3Dプリンターで出力し、あとから屋根を組み合わせて完成させます。
垂直な外壁を出力することに関しては、そこまで高度な技術は求められません。ただ、後付けの屋根をつくるのに数百万の費用がかかるほか、全体の施工時間も半年ほどかかってしまいます。
そのような理由で、海外企業から「3Dプリンターで球体の家をつくるためのデジタルデータを提供してほしい」という相談をもらうことが多いですね。
コンクリート単一素材で「断熱」「耐震」「革新性」が実現できる
シェアラボ編集部:球体の施工技術を持っていることが御社の強みなのですね。そのほかに、3Dプリンター住宅をつくる上でのこだわりポイントはありますか?
飯田氏:コンクリート単一素材で、複合的な機能を持たせている点です。
断熱性については、壁面を二重構造にすることで、ヨーロッパ諸国の厳しい断熱基準をクリアできています。さらに、「夏は涼しく冬はあたたかい」状態をつくることで、住宅の脱炭素化にも貢献しています。
また、コンクリートは耐震性の高い素材でして、そのコンクリートを球体にすることで耐震強度をさらに高めています。実は、球体は物理的にとても強い形なんですよ。
その証拠に、古代ローマ時代のコンクリートでつくられたパンテオン神殿があります。パンテオン神殿は円形ドームを持つ神殿で、地震や火山に耐えながら、2,000年近く経った今でも問題なく建ち続けています。当社の3Dプリンター住宅は、建築基準法を遵守するために RC造(鉄筋コンクリート造)となっています。ただ、本来であればコンクリートだけでも十分に耐震性を確保できる強度を備えているのが強みですね。
おわりに-セレンディクスの最終目標は「世界最先端の家で人類を豊かにすること」
セレンディクスのチャレンジはまだまだ始まったばかりだ。「世界最先端の家で人類を豊かにする」という同社のビジョンを叶えるために、最先端の家を集約した未来の街をつくるプロジェクトが始動している。具体的には、ヘッドマウントディスプレイを使わずに環境映像に入れる技術や、電力を自給自足できるシステムの開発を進めているとのこと。
前人未踏のチャレンジを成功させるためには、数えきれないほどの試行錯誤が求められる。開発費用の調達や建築基準法の制約など、乗り越えなければならない課題も多いはずだ。しかし、0から1を生み出してきた同社であれば、まだ見ぬ未来を見せてくれるだろうと期待せずにはいられない。