世界一を開発!量産対応可能な国産砂型3Dプリンター開発秘話
国産の3Dプリンターで世界一の生産性を誇る3Dプリンターがある。それが鋳造用の砂型を製造するための砂型3Dプリンターだ。技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構(TRAFAM)における取り組み成果で、大学・公的研究機関、国内の装置メーカー、材料メーカー、ユーザー企業12社により共同開発された。
そんな国産砂型3Dプリンターは2018年の上市以来、世界最高峰の10万cc/hの製造能力を誇る。知る人ぞ知る国産砂型3Dプリンターを開発した産総研、シーメットの担当者に砂型3Dプリンターの実像や開発秘話を聞いた。
(語り手:国立研究開発法人産業技術総合研究所 本山 雄一 氏、シーメット株式会社 取締役 大場 好一氏、聞き手:シェアラボ編集部 伊藤 正敏)
目次
砂型3Dプリンターとは
シェアラボ編集部:製造業に関わる方の中でも、鋳造と直接関わりがないと砂型3Dプリンターに関してご存じない方もいると思います。簡単に砂型3Dプリンターに関して教えてください。
本山氏:鋳造とは溶けた金属を型に流し込んで金属部品を製造する重要な金属加工方法です。砂型鋳造の場合、毎回砂で出来た鋳造型を用意します。複雑な形状の場合、加工したい部品と同じ形状の木型を砂型の中に埋め込み、砂を固めてから型を取り出します。高温の金属を砂型に流し込み冷やし固めると、木型と同じ形の部品が鋳造できるわけです。
鋳造用の木型製作に関しては主に木型制作メーカの職人が木型データを作成し、切削加工したり手作業で作ります。砂型が複雑な形状の場合は、多数の木型に分割して、それらを用いて作製した複数の砂型を後から組み立てます。鋳型の組み立ては人の手で行うため、厳密な精度を出すのは難易度の高い作業です。
シェアラボ編集部:砂型3Dプリンターがこの砂型を複雑な形状で作ることで、木型を用意しなくても鋳造できるようになるということですね。
産総研 本山氏:そうですね。メリットはそれだけではありません。鋳造分野でも、複雑な形状を持った部品を製造する際には、3D設計ソフトでデータ設計し、鋳造シミュレーションを繰り返して砂型形状を最適化していく取り組みが進んでいます。自社で3Dデータ設計やシミュレーションを活用できる企業からすると、砂型3Dプリンターで、シミュレーションにより最適化された砂型形状を直接出力し砂型を作製、鋳造することにより効率的に金属部品を生産することが出来るようになるわけです。
シェアラボ編集部:砂型3Dプリンターは鋳造分野を自動化できる装置でもあるんですね。
産総研 本山氏:そうですね。自動化による作業者の作業負担の軽減だけではなく、自由に形状を設計できるということで、より複雑な形状を持つ高機能部品の製造も可能になります。
また3Dモデル通りの形状と寸法で量産できれば、複雑すぎて木型が用意できないというケースがなくなります。設計能力のある鋳造メーカーは、鋳造用のシミュレーションソフトを活用しています。溶かした金属のことを「湯」というのですが、「湯」の通り方できちんと品質がよいものが製造できるかなどを入念にシミュレーションします。シミュレーションは鋳造方案を含め、非常に各社のノウハウが詰まっている部分です。
シーメット 大場氏:鋳造の分野は、設計から鋳造まで一貫して実施されている会社様が少なく、設計するメーカーと鋳造するメーカーが分かれている会社様が多いようです。
加工だけ行う鋳造メーカーさんは自社では3Dツールを活用されておらず、木型・砂型等提供されたものを活用し、鋳造作業のみを実施します。上流の開発メーカーさんの場合、木型を提供し金属製品の生産を依頼しているのが一般的ですが、最近では木型や砂型ではなく砂型3Dプリンターで製造した砂型を提供し、鋳造依頼する等新たな取組が始まっています。
一方で鋳造設備もありながら自社で設計も行うメーカーさんの場合、より少ない材料で丈夫な部品を自ら設計して提案していく動きをとっています。そうしたメーカーさんは軒並み設計能力が高いというか、裏技的な設計ソフトの使い方をよく知っていらっしゃって、3Dモデルづくりやシミュレーションにかなり長けている印象です。
シェアラボ編集部:やはり設計と製造は切っても切れない関係にありますよね。
産総研 本山氏:砂型を設計した時点でどんな仕上がりになるかは、ほぼ決まってしまうので深い関係があります。
世界一を目指す!砂型3Dプリンターの開発秘話
産総研 本山氏:「TRAFAM」という国家プロジェクトがありまして、世界一の性能を持った国産砂型3Dプリンターを開発しようという動きがありました。当時市販されていた外国製の装置は試作用途としては生産能力は十分でしたが、量産に用いるには難しいものでした。プロジェクトに参加していたユーザー企業の要望や、大量生産が求めれられる自動車部品への適用を想定すると、当時市販されていた外国製の装置の10倍の製造能力が必要ということで、目標が設定されました。
競合の性能の約10倍をどのように実現するのか、関係各社が動き出したわけです。その指揮を執ったのが私たち産総研で、プロジェクトリーダーとしてプロジェクトの先頭に立ち、装置開発をシーメット、材料開発を群栄化学、ユーザー企業として航空機メーカー、自動車メーカー、鋳造加工メーカー、公的研究機関、大学等が参画し、数年がかりで取り組みを行いました。
シェアラボ編集部:まさにオールジャパンというか、そうそうたるメンバーで機種開発に取り組んだんですね。開発に際して難しい点もあったと想像するんですが、乗り越えた壁のようなものはありましたか?
シーメット 大場氏:苦労は色々ありました。プリンタヘッドを多数使用したラインインクジェットヘッドを移動させ、接着剤となるバインダーを噴出させるバインダージェット方式という方式を選択したのですが、バインダの粘度に合わせたプリンタヘッドの吐出条件を調整するのはもちろんの事ですが、当初はノズル詰まりが最大の問題で復活させる方法を数多く検討したり、乾式の砂を1.8 m×1 mの面に均一にかつ砂面に圧をかけないで敷き詰めることができるブレード形状を検討したり、また、装置だけでなく、材料の改良も同時並行で検討しながらの開発であったため、初めてのことが多く、苦労しました。
業界への訴求力がある高い生産能力が期待できるものの、まだまだ技術的に発展する余地があるということで、TRAFAMでの開発の一番の強みである、産総研、公設試所、大学、ユーザー企業様の要望をもとに装置・材料の改良改善を繰り返し、世界で勝ち抜く砂型技術の確立への取り組みを行いました。
世界一を実現した2つの特長
シェアラボ編集部:材料の砂にはどんな工夫をされたんでしょうか?どういう点が従来の材料と違うのでしょうか?
シーメット 大場氏:従来のバインダージェット機は2液式で湿式というアプローチをとっていました。砂型を固定させるための溶液を材料の砂に混ぜて湿った状態で造形していたんです。その分材料の砂の取り扱いが難しく、生産性を向上させる上での制約となっていました。そこでTRAFAMでは新しい取り組みとして、1液式の乾式材料の開発をすすめました。わかりやすくいうと砂と硬化剤を事前に混錬し、砂自体に硬化剤をコーティングした状態で乾燥させて、砂自体の流動性を上げて、リコート速度を高速にすることで、生産性を上げようというアプローチです。最近では、乾式の1液式バインダージェット方式と呼ばれることが多い独自の方式となっています。
材料に大きな違いがあるため、この材料(Catalyst Corted Sand:CCS)が完成しないと装置目標である従来比10倍という造形速度を完成させることはできませんでした。開発に取り組んだ群栄化学工業様も大変ご苦労があったと思います。
シェアラボ編集部:湿式と乾式という方式の違いがあるんですね。この乾式は一般的なものなのでしょうか?
シーメット 大場氏 :いいえ。今回のプロジェクトで開発した独自の方式です。特許に守られているので、簡単に真似はできないものになっています。
シェアラボ編集部:「乾いた砂」が世界一の造形速度と生産性を実現するカギになったというわけですね。ほかにはどんな工夫を盛り込んでいるんでしょうか?
シーメット 大場氏 :造形するための溶剤を吹き付けるインクジェットヘッドと材料である砂を敷くリコータの機能を工夫しました。リコータは材料の砂を敷く仕組みです。従来の競合製品では、リコーターを往復させて材料を強いていました。左右の動きをリコータの動きだとすると「 →← 」という形です。同様にインクジェットヘッドを往復させて積層を1層積み上げていました。インクジェットの動きを上下矢印だとすると 「↑↓」こういう形です。 それぞれ往復させて一層積み上げるという機能だったんですね。
これに対し新方式では「→↑←↓」という形で、リコータとインクジェットを往復させる間に二層積み上げるように改良しています。リコータを送ってすぐインクジェットヘッドを送り一層積層します。リコータを戻す際にインクジェットヘッドも戻し、もう1層積層することで、リコータとインクジェットヘッドが同じ動きをしているのに、生産性を二倍に引き上げているんです。
シェアラボ編集部:従来は一方向のみでしかリコートやプリントできなかったのを、往復する両方向でプリントできるようにしたんですね。
シーメット 大場氏:こうした装置開発は段階的に行っています。まず世界レベルの1万ccの製造能力がある装置を開発し、基本的な挙動をつかみ、5万cc/h、10万cc/hと能力を上げていきました。10万cc/hの製造能力を持つ機種は2018年に完成しましたが、2023年段階でも世界一の生産能力を持っていると思います。こうした最適化を積み重ねてようやく10倍の生産性を持つ装置を開発することができましたが、現在も改善のための開発を続けています。
実現した世界一!国内流通台数は?
シェアラボ編集部:非常に競争力の強い装置が開発できたんですね。いま日本国内にはどれくらい流通しているんでしょうか?
シーメット 大場氏 :いま砂型3Dプリンターは弊社の装置含め国内に大小含め約60台程度が稼働していると思われます。海外においては、1社で多数装置を保有しているところが多く、何台稼働しているかデータがないためわかりませんが、それなりの数が稼働していると捉えています。TRAFAMで開発した装置は、国家プロジェクトの目的が日本の製造業の支援ということもあり、海外販売に関しては制限されていましたが、海外販売への実施許諾の申請も実施し、許諾されましたので、これからは、海外へ進出していきたいと考えています。
シェアラボ編集部:思ったよりも多くの台数が稼働しているんだな、と感じ驚きました。ユーザー企業側の反応もよかったんでしょうか?
産総研 本山氏:金属3Dプリンターは全く新しい工法ですが、砂型3Dプリンターは工法としては鋳造工法というすでに馴染みのある工法です。鋳造に用いられる木型を3Dプリンターで作る、という話ですので、鋳造に取り組む企業からすると、そこまで過剰な忌避感が生まれにくい状況でしたし、部品を発注する顧客企業も抵抗感が少なかったようですね。
シェアラボ編集部:どんな経路で装置は普及していったんでしょうか?
産総研 本山氏: 学会においても砂型3Dプリンターは注目されており、学会を通じても興味をもっていただく企業が増えている印象です。砂型3Dプリンターを用いることで技術的な課題が解決できたという実例とともに情報も発表されていますので、発表される各社の研究成果を貪欲に取り入れながら各メーカーが切磋琢磨されていると思います。
シェアラボ編集部:産学連携が盛んですね。どんな企業が実際に最終部品に使っているんでしょか?
シーメット 大場氏 :航空機メーカー、自動車メーカー、ポンプメーカー、半導体メーカー等に部品を納品している鋳造メーカーが導入しています。
シェアラボ編集部:先ほど海外への輸出も解禁になったという話もありましたが、日系メーカーで稼働しているところがあれば、世界各地で製造できるようになるので、非常に今後が期待できそうですね。
シーメット 大場氏 :そうですね。そうした事例も出てくると思います。私たちも積極的にご提案しているのですが、まだまだ日本で鋳造に取り組んでいるけれども砂型3Dプリンターに取り組んでいない企業様は数多くあります。ぜひ、一度砂型3Dプリンタ鋳造を試して頂きたいです。
また鋳造で製造する部品を取り扱われている会社様の中でも、砂型3Dプリンターのメリットをご存じない方も多いかもしれませんし、ご存じでも導入に踏み込めない会社様がまだまだ多いです。費用対効果が見込めない。既存ラインと同じ砂を使いたい。そんなに複雑な物をそもそも作っていない。精度不要など各社のご状況もあるとはおもいますが、ここ最近は導入される会社様は確実に増えてきておりますので、今一度、砂型3Dプリンターのメリットを再度ご確認頂き導入検討いただけると嬉しいです。
今後の改善計画は?
シェアラボ編集部:現在も産総研さんの研究室でシーメットさんをはじめ、参画企業さんが開発作業を行っているんですね?
産総研 本山氏 :はい。世界中で脱炭素の動きが加速していますが、現状は材料にカーボンを含んでいます。世界的なカーボンニュートラルへの動きに対応するために脱炭素な材料開発に取り組んでいます。今日の大手製造業は生産性だけでは工法を選べません。きちんと環境負荷が少なくサステナブルな材料や装置であることは大きな意味があると考えています。
おわりに・・・実は量産に活用されている砂型3Dプリンター
1台1億円以上する砂型3Dプリンターだが、装置のフットプリントも大きい。運用開始には専用の建屋を用意するところから始まる場合もあるということで、導入には少なくない投資が必要となる。
しかし鋳造用木型の製作が不要になることは、設計変更による製品改善のサイクルを劇的に短縮できるだけでなく、鋳造ごとに必要な木型を管理することも、木型修正・木型保管場所も不要となる。鋳造に取り組む企業にとっては大きな導入効果を狙うことができるだろう。
また品質を大きく左右する砂型を支給すれば、協力工場でも複雑な形状を持つ高度な部品も製造を依頼できるようになる。3Dモデルでの設計やシミュレーションに優れ、発注側企業に入り込んで共同開発を行うような動きを行うことができる企業にとっては大きな成長のチャンスを生み出せる装置となるだろう。こうした新技術を乗りこなし新しい需要を作っていく企業こそが今後生き残っていくのかもしれない。
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2019年のシェアラボニュース創刊以来、国内AM関係者200名以上にインタビューを実施。3Dプリンティング技術と共に日本の製造業が変わる瞬間をお伝えしていきます。