和歌山大学ソーラーカーPJに学ぶ変革のための挑戦
以前取り上げた和歌山大学ソーラーカーレースチームが、オーストラリアで開催されたレースに参加し帰国した。2023年10月22日から29日にかけて行われた2年に1回の世界的ソーラーカーレースが2023 Bridgestone World Solar Challengeだ。世界各国から20を超えるチームがエントリーし全長約3,000kmにもおよぶオーストラリアの公道を自作ソーラーカーで駆け抜ける過酷なレースだった。
以前の取材では車両開発の最終フェーズの最中、実車搭載の金属AM部品を見せてもらったが、2年間の開発期間をやりとげ実際に海外レースに参戦した手ごたえはどうだったか。オーストラリアでの車検や、3,000kmにも及ぶレースへの参戦結果やそこで得た手ごたえや課題を伺いながら、今後の開発への意気込みを聞いた。
対応してくれたのは和歌山大学ソーラーカープロジェクトを率いる4年生の田所遥斗氏とカウルの設計に携わった2年生の溝口楽仁氏。前の世代からの戦略を受け継ぎ、自分の代で出来る限りを尽くしながら、次の世代へとバトンを渡す取り組みは、製造業の中でモノづくりプロセスだけではなく、組織の変革にも挑む彼らの挑戦を紹介したい。
目次
和歌山大学が挑む世界相手のソーラーカーレース
シェアラボ編集部:実際に参加してみた手ごたえを伺っていきたいと思います。実際にオーストラリアに行ってみて、どうでしたか?天候や気温、オーストラリアの公道の様子など行ってみて初めてわかったことも多かったのではないでしょうか?
田所氏:夢の大地、といいますか、チームのメンバーと一緒に目指していたオーストラリアでスタートを切り、実際に走ることができたのは大変感動しました。かなり風が強かった点や事前に情報収集をして坂が多いという情報があったんですが、実際に自分でも走ってみて、予想以上に坂が多いと感じました。また路面は日本の公道のように整備されていませでした。路面のコンディションは悪く、石が転がっていたり、穴が開いていたり、大型トラックとすれ違うと風で煽られて車両をコントロールするのが大変だったり。ですが気温は40度を超えていた日もあったのですが、カラッとしていて意外に過ごしやい、であったり。実際に行ってみてわかることも多かったです。
溝口氏:私は実際に自分たちが作った車両がオーストラリアの車検に合格できたことがとてもうれしく、いままでやってきたことが認められた感じがしました。実際に見渡す限りまっすぐ続いている車道を走ることができたのもうれしかったです。
シェアラボ編集部:お二人とも設計、製作だけではなくドライバーとして走行にも参加したんですね。すごくうらやましい体験です。想像していた以上のことや想像外のことがあるのがレースだと思います。トラブルなどもあったんじゃないですか?
田所氏:そうですね。レース参加チームの内、スタートできないチームが5,6チームありました。オーストラリアの車検に合格できず、ぎりぎりまで調整しても出走できないチームもいます。合格はしたものの、スタート時に不調で走り出すことができないなどのトラブルがあったチームです。実は私たちもレーススタート直後、車両トラブルで1時間以上スタート地点を出発できませんでした。DCDCという部分の弱電系を担うところに不備があったと思われます。部品の交換と配線のやり直しを行うと作動しましたが、スタート直前のことでしたので焦りました。
シェアラボ編集部:レースと本番では状況的に異なることが出てきて障害につながった、という事ですね。
田所氏:はい。何とか解決して走り出して、速度が乗ってきた際は非常に感動しました。
シェアラボ編集部:だいたい何kmくらいの速度がでるんですか?
田所氏:最大速度は100㎞を超えます。巡航速度は65㎞です。ソーラーカーなので空力抵抗を考えて重心を低く作っていますので、普通の車よりもだいぶドライバーの目線は低いです。
シェアラボ編集部:カートに近い感じなんでしょうね。路面にドライバーの目線が近いと速度が速く感じられると思います。ハンドルもカートのように敏感な感じですか?
田所氏:はい。少し切るだけで車体の向きが変わるので、走行中も気が抜けません。モーターで駆動しますのでエンジン音はしないのですが、路面に近いこともあって、ゴーというロードノイズはかなり大きいです。
シェアラボ編集部:自分たちで作った車両を、走っている感を感じながら自分たちで運転するって、すごい楽しいでしょうね。成果と手ごたえに関しても伺っていきたいのですが、まずはレースの結果に関しても教えてください。
田所氏:レース自体は途中リタイヤという結果でした。およそ3,000kmの行程の中、約1,000kmを走行できたのですが、天候不順やアクシデントもあり走行に必要な電力を蓄電できなくなり時間内にチェックポイントにたどり着けなかった形です。
シェアラボ編集部:1,000㎞走ってみて、車両に対する成果や課題も見えてきたと思います。会場にはほかのチームの車両も多数参加していたと思うのですが、田所 氏はどのように感じましたか?
田所氏:多くの課題が見えてきたと思っています。まず車重が重い点。設計時にはもっと軽くするつもりだったのですが、理想通りにはいかなかったことも多かったです。しかしもっと詰めておけばよかったと感じています。次に作業の完成度といいますか、他のチームに表明訪問をして車両を見せてもらうと、すごく部品の仕上がりが丁寧なんです。もっと自分たちの車両も綺麗に丁寧に仕上げるべきだったと、感じました。他のチームに比べて予算が私たちは少ないという点もありますが、それでもできることは沢山あると感じました。
シェアラボ編集部:3Dプリンターを活用しているチームはありましたか?
田所氏:体感的には20%から25%程度のチームがなんらかの形で3Dプリンターを活用していました。どのチームもまだ小さいサイズの部品を組み込んでいるような形で、実験的な位置づけだと感じました。
溝口氏:チーム相互の訪問が非常にオープンに行われていて、ちっと車を見せてとお願いするときさくにいいよ、と言ってくれます。写真をとってもいい?と聞いてもOKと答えてくれます。非常にオープンでフレンドリーなんです。ヨーロッパではやっている設計スタイルというのもあって、それを間近に見ることができたのは非常に大きな成果でした。こういう気持ちよく交流できる大きなコミュニティがあるのは良いなと思います。日本でももっとチーム間の交流があるといいなと感じました。
シェアラボ編集部:レースではもちろんライバルですが、情報を共有したり励まし合ったりできるコミュニティがあるのは素敵ですね。それにチームを支える企業との交流なども今後増えていくと良いかもしれませんね。
田所氏:初の海外参戦ということで、いろいろなことが初挑戦でした。国内レースと違って船で車両を輸送するであったり、オーストラリアの公道を走るレースなので、車検を取得したり。事前に情報を集めた上で挑戦したのですが、手探りのことも多かったのですが、自分たちが実際に経験できたことは非常に大きな財産になりました。
シェアラボ編集部:3Dプリンターへの挑戦も含めて、次の世代にバトンを渡すというミッションを立派に果たしましたね。
田所 氏:やり残した課題も多いですが、この経験を活かしてチームは大きく成長しました。溝口をはじめとした次の世代の活躍に期待しています!
前の世代からのバトンを受け取り、次の世代にバトンを渡す姿
『大学生のソーラーカーレースへの参戦』が製造業の読者が中心のシェアラボのコンテンツとして取り上げて、価値があるのか。ただの息抜き記事になってしまわないか。実は取材の前は悩んだ。しかし実際に和歌山大学の田所 氏の話を聞いてみると、彼らの取り組みこそ今取り上げるべき、と考えるようになった。
田所氏たちの先代たちが国内レースの開催が取りやめになったことを契機に、国際レースへの参戦を選択した。田所 氏はその方針を受け継ぎ手探りで設計を起こし実車を開発し、実際に参戦した。なんだか他人事とは思えない感じがする。そんな中、開発プロジェクトの指揮をとりながら、田所 氏は常に新しい技術やパートナー開発を続けてチームを前進させようという取り組みを継続し、応用技術というパートナーを得た。
スポンサー企業として金属AM部品の設計・製造を支援した応用技術株式会社の山崎氏は和歌山大学の取り組みをこう語っている。
「彼らは自分たちで設計し、車体を完成させ、船便で通関を通し、オーストラリアの車検を勝ち取りました。私たちは金属AM部品の部分だけを今年お手伝いしたのですが、プロジェクトに向き合うひたむきな情熱や熱い行動力を来年以降もサポートしていく予定です。現地は非常に風が強かったということで、空力に関するシミュレーションを踏まえた設計への取り組みは今後お役に立てるでしょうし、3Dプリント製部品をさらに増やしていくお手伝いもしていきたいと思います。田所さんは、ただ部品をAM技術で作ってもらうのではなく、メンバーが自分たち自身の手で、シミュレーションに基づく設計を使いこなし、積極的にAMを活用していく組織に文化を変えていきたいということでしたので、そういったご支援もしていく予定です。」(応用技術株式会社:山崎氏)
応用技術のサイト「toDIM」では山崎氏がシミュレーション・オリエンティッドなアプローチで設計した実車搭載部品に関する詳しい解説を行っている設計者目線のかなり実践的な内容になっている。資料をふんだんに使い、惜しげもなく細部を見せており、必見の内容だ。
完成している部品を取り換えてあえて金属3Dプリンター部品にチャレンジしてみる。今回のレースでの貢献を期待するのではなく、2年後に取り組む次世代車両への適応を考えてとれる小さなリスクをとり、知見を蓄積し勝てるチームに変革させるきっかけを作っていく。そうした田所氏のヴィジョンは今後2年、それ以降の2年に受け継がれていくことだろう。
変革を実現するためにシミュレーション・ドリブン設計や3Dプリント製造に取り組む
こうした環境変化によりチームのゴールを自分たちが手探りで決め、挑戦していく姿勢は、いまの製造業がおかれている環境そのものだ。
実際、シェアラボ編集部では開発期間中に2回、和歌山の開発現場を訪れたが、2回目の取材では、以前なかった樹脂部品が3Dプリンターで造形されていた。新しい技術に取り組むことで、現場がそれを取り込み、進化が始まったのを目の当たりにした気分だった。
「新技術で何ができるか」、「どこまでできるか」、「うちにできるか」はやってみないとわからない。そうした不確実性をリスクと呼ぶわけだが、和歌山大学ソーラーカーレースチームを率いた田所 氏のように、次の世代に大きな指針を残すことも一つの成果だろう。設計マインドを変え、予算も時間も限られる中で、加工精度の高い部品を取り込んでいくための試行錯誤をバイトで稼いだ身銭を切って行い続ける姿勢に敬意を表するとともに、その取り組みから学べるものは大きいはずだ。
田所 氏は改善点、反省点を中心に感想を伝えてくれたが、それだけ自分に何ができるか、もっと良くするためにはどんな工夫が可能かを考えているから出てきた言葉だった。2年後のレースではもっと多くのチームがAMを含めて新しい車両をより洗練させて挑んでくるだろう。
実際に完成させ、走行し、現地を見て感じたことは大きな成果だ。海外レースに参戦し、金属3Dプリンター部品の組み込みに挑戦して、設計の考え方やレースへの取り組み方を次世代に伝えることができたのは大きな成果ではないだろうか。これからもっと良くしていこうという田所 氏のマインドを受け継いだ次世代のチームメンバーが2年後に向けて動き出す姿を想像して楽しくなる。この「なんだかワクワクする感覚」こそが、いまの製造業の変革に必要な要素の一つであるように思う。
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学生が自ら主体となって運営しているソーラーカーレースチームである和歌山大学ソーラーカープロジェクトは2年に一度、競技車両を製作しレースに参戦している。2023年からは国際的なソーラーカーレースに参戦。応用技術株式会社は支援の一環として金属AM部品の設計・製作を支援。実車に搭載された部品の詳細なシミュレーション条件を公開することで大きな注目を集めた。
2019年のシェアラボニュース創刊以来、国内AM関係者200名以上にインタビューを実施。3Dプリンティング技術と共に日本の製造業が変わる瞬間をお伝えしていきます。