本連載、第1回(建築×AMが拓く“つくる現場”の未来)では現場生産と素材循環を、第2回(いのちとくらしを形づくるAMのチカラ)では人に寄り添うAMの姿を取り上げた。
最終回となる今回は、空・宇宙・地域へと視野を広げ、3Dプリンティング(Additive Manufacturing=AM)が産業と社会の構造をどう変えつつあるかを追う。
万博で可視化されたのは、AMが単なる製造技術を超えて産業と地域をつなぐプラットフォームになり始めた現実である。
目次
空を飛ぶ新産業!丸紅とLIFT Aircraftが描く空のモビリティ
丸紅は、米国テキサス州のスタートアップLIFT Aircraftと連携し、1人乗り電動垂直離着陸機(eVTOL)「HEXA(ヘキサ)」の日本展開を推進。大阪・関西万博では「EXPO Vertiport」にて複数回のデモフライトを実施し、空の移動が“未来社会ショーケース”の象徴となった。
注目すべきは、HEXAをわずか13か月で飛行可能にした製造革命である。LIFTは開発初期から3Dプリンティングとジェネレーティブデザインを融合し、従来の航空設計を超えた最適化を実現。高速な設計反復と高精度製造が、開発期間の短縮を支えた。
万博でのデモ飛行は、空飛ぶクルマが“新しい移動体”であると同時に、3Dプリントが切り開く次世代製造文化の象徴であることを示した。
“壊れることで守る”日本の技術思想!JAMPT×JAXAが拓いた宇宙AM
JAMPT(日本積層造形)とJAXAは、月面探査機「SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)」に金属3Dプリンターで製作したアルミ製衝撃吸収材を搭載した。この部品は着陸時の衝撃を緩和するため、“意図的に壊れることで守る”という柔構造思想に基づいて設計されている。
半球状のラティス構造が着陸時に潰れることで衝撃を吸収し、探査機本体の損傷を防止。JAMPTが積層造形によって高精度と軽量化を両立させた結果、SLIMは着陸誤差わずか55メートルという世界最高水準のピンポイント着陸に成功したという。
富山の土で建てる!浜田晶則氏が示した地域AMの可能性
建築家・浜田 晶則 氏は、富山県産の土を素材とした3Dプリントトイレ施設「Gorge(峡谷)」を設計・製作した。会期終了後にはすべて自然へ還すことを前提に構築されており、地域資源を活かした持続可能な建築として注目を集めた。
外装パネルは富山・広島・淡路島の土をブレンドして造形され、3Dプリントによって地層のような起伏が再現された。セメントを使わず、わらや海藻由来の糊で粘性を調整するなど、自然素材のみで構造強度を確保している。
建築そのものが“地層の断面”として環境と共生する姿を提示し、地場素材とデジタル造形を融合した新しい地方発AMの方向性を示した。
伝統と循環素材が出会う!大阪冶金×サニックス
大阪冶金は、関西大学と共同で開発した高ケイ素ステンレス鋼「関大合金シリコロイ」を用い、3Dプリントによる精密造形を実演。伝統的な金属加工技術を現代の積層造形で再構築し、熱制御や形状精度の最適化を実現した。職人の技術とデジタル設計が融合する、新しい金属づくりの形を示している。
素材と技術、伝統と環境をつなぐこれらの試みは、地域から進化するAM実装モデルとして注目される。
廃プラがアートになる!サニックスHDの循環素材プロジェクト
サニックスホールディングス(以下、サニックスHD)は、「TEAM EXPOパビリオン」において、廃プラスチックを素材とする壁画アート『超密』(作:田中 拓実 氏)を展示した。海洋ごみや産業廃棄物を再資源化した素材で構成され、「生態系と人間社会の多様性」をテーマに制作された作品である。
製作には広陽商工、名古屋工芸が協力し、竹田印刷がコーディネートを担当。再生生分解性プラスチックを含む素材が3Dプリントや押出成形で加工され、環境課題とアート表現をつなぐ取り組みとなった。
現地取材レポートから見えた“記録外のAM”
シェアラボの現地取材レポートでも、会場各所に点在するAM実装の手触りと運用の現実が確認された。公式発表や恒常展示に載り切らない試験的な造形や期間限定の取り組みが随所で観察され、まさに“記録には残らなかったAMの動き”が生きていることを裏づける内容であった。こうした一次観察は、地方中小や産学連携の萌芽が現場で静かに進んでいる事実を補強し、次の社会実装へとつながる地層の厚みを示している。
万博が遺したもの
大阪・関西万博は幕を閉じたが、そこで交わった技術と人、地域の知恵は止まることなく次の現場へと受け継がれている。会場で培われたAMの実践は、展示の枠を越え、空を飛ぶモビリティ、地域資源の循環、教育や医療の現場へと広がりを見せている。
空へ、地域へ、そして社会のあらゆる隙間へ――。AMは、新しい日本を形づくる“製造の言語”として進化を続けており、その歩みは静かに、しかし確かに未来を描き始めている。
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