2025年の大阪・関西万博では、建設・都市インフラにとどまらず、私たちの暮らしや身体に寄り添う分野でも3Dプリンティング(Additive Manufacturing=AM)の活用が広がった。AIやロボティクスが未来社会のシステムを描いた一方で、AMは“いのち”と“くらし”を直接支える技術として進化を見せた。
前回(関西万博で加速する建築×AM ― 現場生産と素材循環の新時代)では、建築・都市インフラ領域でのAM実装を紹介したが、今回は、シェアラボニュース連載「関西万博でのAM活用を振り返る」(全3回)の第2回として、当時シェアラボニュースで紹介した記事をもとに、医療・食などの領域、さらに什器やベンチなどでも展開されたAMの実践を振り返る。
目次
再生医療とデジタル医療の交差点!「Nest for Reborn」が描いた未来の医療
大阪・関西万博の大阪ヘルスケアパビリオン「Nest for Reborn」では、「街のネオホスピタル」をテーマに、2050年の医療を先取りする展示が行われた。SBIホールディングスを中心に、再生医療やバイオ技術を手がける企業が参加し、3Dプリンターが支える“未来の医療環境”を提示、細胞培養やオルガノイド(人工臓器)を3Dプリントで再現する技術が紹介され、患者自身の細胞を使う“個別化医療”の可能性が示された。AIと3Dスキャンを活用した「バイオデジタルツイン」により、リモート診療や治療シミュレーションの未来像も描かれた。
医療を“受けるもの”から“共に創るもの”へ。AMとデジタル技術が交差する場となった。
“守るデザイン”の社会実装!PROTEGATEが示した循環と共生のかたち
PROTEGATE(プロテゲート)は、海洋プラスチックを再資源化して製作された自動手指消毒ディスペンサーである。
3DPC、サラヤ、テラサイクルジャパンの3社が協働し、「守る(protect)」と「入り口(gate)」を意味する名のもと、大阪・関西万博の「TEAM EXPO 2025」プログラムに出展した。
本体のグレー部分には再生プラスチックを、青いノズルには再生ポリプロピレンと海洋プラスチックの混合材を使用、ノズル部は3Dプリンターによって造形され、廃漁網などを含むリサイクル素材を新たな製品として再生した。
IoTによる残量モニタリング機能やユニバーサルデザインを備え、子どもから車いす利用者までが使いやすい設計を実現している。
「海のごみを入り口で守る道具へ」環境課題と感染症対策を同時に解くこのプロジェクトは、AMが“守るデザイン”を社会に実装する力を持つことを静かに示した。
循環素材がつなぐ現場とデザイン!鴻池組×Swanyが挑んだ再生什器
鴻池組とスワニー(Swany)は、大阪・関西万博の小催事場「EXPOナショナルデーホール」に向けて、3Dプリントによる演台と司会者台を製作した。
什器の素材には、鴻池組の建設現場から回収されたPPバンド(ポリプロピレン製梱包バンド)を再生処理したプラスチックを採用。
スワニーが保有する大型ペレット式3Dプリンター「EXT TITAN Pellet」により成形され、再生材50%以上で構成されたサステナブルな構造体が完成した。
さらに、装飾部には旭化成のセルロースナノファイバー製フィラメントを使用し、万博公式キャラクター「ミャクミャク」の意匠を造形。
環境配慮とデザイン性を両立した什器として、開館式や警察・消防の式典などで実際に使用された。
建設現場の廃材が、式典の象徴物へと再生される。
この取り組みは、AMが“現場と社会をつなぐ循環デザイン”を実現する手段であることを示した。
廃棄ホタテが形づくる“やさしい未来”甲子化学工業のHOTABENCH
甲子化学工業は、ホタテの廃棄貝殻を再資源化したサステナブルなベンチ「HOTABENCH(ホタベンチ)」を展示した。
同製品は、約1,000枚分のホタテ貝殻を再利用し、3Dプリンティング技術を用いて製造されたもので、清水建設とTBWA\HAKUHODOとの共同開発による異業種連携プロジェクトであり、廃棄物を資源に変える循環型ものづくりの象徴となった。
ベンチ1台あたり40kgのホタテ貝殻を使用し、従来のコンクリート製と比べて約300kgのCO₂を削減。型枠を不要とするAMによって製造工程での排出も抑制した。構造デザインには「バイオミミクリー(生物模倣)」の発想を取り入れ、ホタテの殻のリブ構造を模した自然的な造形を実現している。
また、万博の共創プログラム「Co-Design Challenge」に採択され、地域資源とテクノロジーを融合した取り組みとして高く評価された。 海の恵みを都市空間に還すこのプロジェクトは、“廃棄物が人を支える風景になる”という新しい循環のかたちを提示している。
食文化×3Dプリントの新提案「TOFU EXPO 2025」が描く“未来の豆腐”
日本豆腐マイスター協会は、全国豆腐連合会および関西とうふ連合会と連携し、農林水産省主催の「RELAY THE FOOD~未来につなぐ食と風土~」にて「TOFU EXPO 2025」を開催した。
テーマは「Diversity of TOFU〜豆腐の多様性を未来へつなぐ〜」。伝統文化とテクノロジーを融合し、3Dプリンターで出力された“豆腐レプリカ”が注目を集めた。
農林水産大臣賞受賞作品をもとに、テルミックが造形協力。
食材そのものの質感を忠実に再現することで、来場者は「見て・触れて」豆腐の奥深さを体感できた。
また、全国各地の豆腐百選や約30種類の大豆展示、AI生成キャラクター「こきぬちゃん」など、多様な展示を通じて日本の食文化を多面的に紹介。
“やわらかい食材を、やわらかいテクノロジーで伝える”という発想は、AMがもつ表現力と文化継承の可能性を示した。
技術が“いのちとくらし”に寄り添う時代へ
建築や都市インフラの領域で構造や素材の循環を提示した第1回に対し、今回取り上げたプロジェクトは、生活の肌理(きめ)に近い領域でAMが息づいた事例である。
「再生医療、食文化、リサイクル什器、環境デザイン」いずれも、ものづくりが“人のためにどう存在するか”を問い直す試みだったと思う。
次回(第3回)では、空・海・地域をつなぐモビリティやエネルギー分野でのAM実装を取り上げ、未来社会のインフラを形づくる動きを振り返る。
国内外の3DプリンターおよびAM(アディティブマニュファクチャリング)に関するニュースや最新事例などの情報発信を行っている日本最大級のバーティカルメディアの編集部。



