Formlabsユーザーの間で、強度と信頼性が求められる場面に選ばれてきたToughシリーズ。このラインナップに、HDPE(高密度ポリエチレン)のようなしなやかさと耐衝撃性を備えた「Tough 1000」が新たに加わった。さらに、ABSに匹敵する強度と剛性を備えた「Tough 2000」が剛性と耐久性の両立を図る性能向上版V2として投入された。
Formlabsは光造形用にすでに30種類以上に拡大した材料ラインナップを持っているが、その中でもToughシリーズは「切削以上、射出成形未満」といわれる3Dプリンターでの最終部品調達に焦点をあてた戦略的な材料であるはずだ。光硬化性樹脂でありながら熱可塑性樹脂としてよく使うPEやABSの実用性能をどこまで再現できているかに注目が集まるだろう。
目次
Tough 2000レジンV2:「硬いだけで脆い」からの脱却

Tough 2000 V2の設計思想:靭性と耐久性の追求

初代Tough 2000 V1(2020年発売)は「ABSに似た強度と堅さ」を謳っていたが、現場では「硬いが脆い」という課題が指摘されていた。体感的には「ネジを深く締めたら割れるかもなので慎重に」という堅脆い部品への配慮が必要だったようだ。これは試作品としては十分でも、実製品として長期使用するには不安が残る状態だったといえる。
V1の技術データシートを見ると、その特性が数値として現れている。
| 特性 | V1(二次硬化後) | 測定規格 |
|---|---|---|
| 最大引張強さ | 46 MPa | ASTM D638-14 |
| 引張弾性率 | 2.2 GPa (2,200 MPa) | ASTM D638-14 |
| 破断伸び | 48% | ASTM D638-14 |
| 曲げ強度 | 65 MPa | ASTM D790-15 |
| 荷重たわみ温度 @0.45MPa | 63°C | ASTM D648-16 |
確かに強度と剛性は高いが、破断伸びが48%という数値は、ABS(一般的に10-80%)の中でも低い部類に入る。つまり、あまり伸びずに破断してしまう「脆い」材料だったことがわかる。
2025年11月に登場したV2は、設計思想を根本から変更した。剛性をやや犠牲にする代わりに、「粘り強さ」を大幅に向上させた。
| 特性 | V1(二次硬化後) | V2(二次硬化後) | 変化 |
|---|---|---|---|
| 引張強さ | 46 MPa | 40.4 MPa | ▼12% |
| 引張弾性率 | 2.2 GPa | 1.8 GPa | ▼18% |
| 破断伸び | 48% | 79% | ▲65% |
| 曲げ強度 | 65 MPa | 67 MPa | ▲3% |
| 荷重たわみ温度 @0.45MPa | 63°C | 70°C | ▲7°C |
一見すると、強度と剛性が低下しており「性能ダウン」に見えるかもしれない。しかし、破断伸びが48%から79%へと65%も向上している点が重要だ。これは「多少曲がっても割れない」という粘り強さを意味する。
さらに重要なのは、Formlabsが公式に発表している「破壊靭性が3倍に向上」という点である。V2の技術データシートには、V1にはなかった破壊力学的特性が新たに記載されている。

| 破壊特性 | V2(二次硬化後) | 測定規格 |
|---|---|---|
| 応力集中係数 (Kmax) | 1.65 MPa·m^1/2 | ASTM D5045-14 |
| 破壊仕事 (Wf) | 305 J/m² | ASTM D5045-14 |
応力集中係数(破壊靭性)は、材料に微小な亀裂が存在する場合、どれだけの応力で亀裂が急速に進展するかを示す指標である。値が大きいほど、亀裂が入っても急激に破断しにくい。この値がV1の3倍になったということは、「傷や欠陥があっても急激な破断が起こりにくい」「繰り返し荷重による疲労亀裂の進展が遅い」という実用上極めて重要な改善を意味する。
Tough 2000 v2は耐クリープ性の改善で形状が安定
実用部品として最も重要な改善のひとつが、耐クリープ性である。クリープとは、一定の荷重を長時間かけ続けた時に、材料がゆっくりと変形し続ける現象だ。これは治具や固定具など、長期間荷重がかかる部品ではありがたくない現象だ。

Formlabsは、ISO 6602に従ってクリープ試験を実施している。22°Cで4.0MPaの曲げ荷重をかけ続け、14日間の変形を測定した結果は以下の通り。
| 経過時間 | V1のひずみ | V2のひずみ | V2の改善率 |
|---|---|---|---|
| 1日 | 0.9% | 0.6% | ▼33% |
| 7日 | 1.7% | 1.0% | ▼41% |
| 14日 | 2.1% | 1.2% | ▼43% |
グラフを見ると、V1は時間とともに変形が加速する傾向があるのに対し、V2は変形速度が安定している。これは材料の内部構造の安定性が向上したことを示している。
具体例で考えてみよう。200mm長の治具に10kgの部品を固定する場合、V1では2週間で約4.2mmたわんでしまい、精度維持が困難になる。一方、V2では約2.4mmのたわみに抑えられ、長期使用が可能になる。この違いは「数か月ほおっておいても自重で形状がだれない・歪まない」という作り手の期待値にかなった改善だろう。
Tough 2000 v2 は新硬化装置で二次硬化生産性も劇的向上
V2のもうひとつの大きな改善点が、二次硬化時間の大幅短縮である。
| 項目 | V1 | V2 |
|---|---|---|
| 二次硬化温度 | 80°C | 70°C |
| 二次硬化時間 | 120分 | 12分 |
| 使用装置 | Form Cure | Form Cure V2 |
最新の二次硬化装置の利用を前提としているが、二次硬化時間が120分から12分へと90%短縮されたことは、単なる時間短縮以上の意味がある。例えば1日8時間稼働する生産ラインでは、V1では4バッチしか処理できなかったところが、V2では40バッチ処理可能になる。これは生産性の10倍向上を意味し、3Dプリントの実製品化における最大の障壁のひとつを取り除くものだ。
また、二次硬化温度が80°Cから70°Cに低下したことも重要である。温度が低いほど、熱による変形や内部応力の発生が抑えられる。これは後処理での反り・ゆがみの低減に寄与することが期待できるだろう。
Tough 2000 v2とABSとの比較で覚えておくべき点
Tough 2000 V2は「ABSに匹敵する」と謳われているが、その実態はどうなのか。一般的なABS射出成形品と比較してみよう。
| 特性 | ABS標準値 | Tough 2000 V2 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 引張強さ | 40-50 MPa | 40.4 MPa | ABS範囲内 ✓ |
| 引張弾性率 | 1.8-2.5 GPa | 1.8 GPa | ABS下限値 ✓ |
| 破断伸び | 10-80% | 79% | ABS上限値 ✓ |
| 荷重たわみ温度 | 90-110°C | 70°C | ABSより20-40°C低い ✗ |
室温付近での機械特性においては、V2はABSと同等である。特に破断伸び79%はABSの上限値に達しており、「粘り強さ」という点ではABS上位グレードに匹敵する。
しかし、耐熱性においては明確な差がある。ABSの荷重たわみ温度が90-110°Cであるのに対し、V2は70°Cである。これは「夏場の車内(60-70°C)では使用可能だが、それ以上の高温環境では射出成形ABSが必要」ということを意味する。汎用樹脂グレードの耐熱性と理解しておこう。
さらに、V2には耐薬品性の課題もある。特に顕著なのがガソリンや芳香族溶剤への耐性である。
| 溶剤 | V1の重量増加率 | V2の重量増加率 |
|---|---|---|
| イソオクタン(ガソリン) | 0.1%未満 | 21.24% |
| キシレン | 4.1% | 27.69% |
| アセトン | 18.8% | 22.92% |
| 水 | 0.6% | 0.19% |
| ディーゼル燃料 | 0.1% | 0.08% |
V1と比較して、V2はガソリンやキシレンなどの芳香族炭化水素系溶剤に対する耐性が大幅に低下している。(靭性を向上させるために架橋密度を下げた結果なのかも)。
したがって、Tough 2000 V2は「室温~70°Cの使用温度域において、ABSの靭性と実用耐久性に匹敵する材料」として評価すべきであり、「全てのABS用途を置き換える万能材料」ではないという印象だ。
Tough 1000 はしなやかで壊れにくいHDPEライク樹脂
Tough 1000は、PEライク樹脂ということもあって、しなやかさと壊れにくさが求められる治具や可動部品に適している。曲げや衝撃に対して高い耐性を示し、グリースや水環境でも安定性が確保されるため、実際に手で扱いながら使う用途に力を発揮できそうだ。
HDPEライク樹脂としての機械特性
Tough 1000の技術データシートを見ると、確かにHDPEに匹敵する特性を持っていることがわかる。
| 特性 | Tough 1000(二次硬化後) | HDPE参考値 | 測定規格 |
|---|---|---|---|
| 引張強さ | 26.3 MPa | 20-30 MPa | ASTM D638-14 |
| 引張弾性率 | 932 MPa | 800-1,200 MPa | ASTM D638-14 |
| 破断伸び | 180% | 100-600% | ASTM D638-14 |
| 曲げ強度 | 29.0 MPa | 20-40 MPa | ASTM D790-17 |
| 荷重たわみ温度 @0.45MPa | 55.3°C | 40-50°C | ASTM D648-16 |
引張強さ26.3 MPaと引張弾性率932 MPaは、まさにHDPEの典型的な値である。特に注目すべきは破断伸び180%という数値だ。これはDurable V2の2倍であり、HDPEの中位程度の柔軟性を持つことを示している。

さらに特筆すべきは、衝撃特性と疲労特性である。
| 靭性特性 | Tough 1000(二次硬化後) | 測定規格 |
|---|---|---|
| ノッチ付きアイゾット | 72 J/m | ASTM D256-10 |
| ノッチ無しアイゾット | No Break | ASTM D4812-11 |
| ノッチ無しシャルピー | 180 kJ/m² | ISO 179-1 |
| Ross屈曲疲労 | >100,000サイクル | 内部試験 (23°C, 1Hz, 30度偏向) |
| 破壊仕事 (Wf) | 3,200 J/m² | ASTM D5045-14 |
「ノッチ無しアイゾット:No Break」という結果は、切り欠きがなければ衝撃で破断しないことを意味する。また、Ross屈曲疲労が10万回以上というのは、繰り返し曲げに対して極めて高い耐久性を持つことを示している。破壊仕事3,200 J/m²は、Tough 2000 V2の305 J/m²と比較して約10倍であり、亀裂進展に膨大なエネルギーが必要、つまり非常に壊れにくい材料であることがわかる。
Tough 1000 の耐クリープ性はDurable V2から大幅改善
Tough 1000の技術データシートには、前世代のDurable V2との比較データが掲載されている。22°Cで2.0MPaの曲げ荷重下での14日間のクリープ試験結果である。
| 経過時間 | Durable V2のひずみ | Tough 1000のひずみ | 改善率 |
|---|---|---|---|
| 1日 | 2.0% | 0.6% | ▼70% |
| 7日 | 3.2% | 0.9% | ▼72% |
| 14日 | 3.7% | 1.2% | ▼68% |
Tough 1000は前世代と比較して、クリープ変形が約70%抑制されている。これは「形状がだれない」という実用性の大幅な向上を意味する。グラフを見ると、Durable V2は初期の変形が大きく、その後も着実に変形が進むのに対し、Tough 1000は初期変形が小さく、その後の変形速度も遅い。
この改善により、治具や固定具として長期使用する場合の信頼性が大幅に向上している。
Tough 1000 とHDPEとの違いは耐薬品性
しかしPEの持つ高い耐水性、耐薬品性に関しては継承できていないように見える。アセトンやキシレンなどの有機溶剤に接触すると膨潤が発生しやすい点には注意したい。PEと同じく幅広い薬品に耐えるわけではない点を踏まえてうまく使いたいところだ。
実際の耐薬品性データを見てみよう。24時間浸漬後の重量増加率である。
| 溶剤 | HDPE参考 | Tough 1000 |
|---|---|---|
| 水 | 優秀 | 0.0% ✓ |
| 鉱油(軽) | 優秀 | 0.0% ✓ |
| 鉱油(重) | 優秀 | 0.1% ✓ |
| ディーゼル燃料 | 優秀 | 0.7% ○ |
| ガソリン(イソオクタン) | 耐性あり | 39.8% ✗ |
| キシレン | 耐性あり | 62.7% ✗ |
| アセトン | 耐性あり | 30.4% ✗ |
| イソプロピルアルコール | 耐性あり | 6.9% △ |
水や鉱油に対しては優れた耐性を示すが、ガソリン、キシレン、アセトンなどの有機溶剤に対しては大幅に膨潤する。特にキシレンでは62.7%も重量が増加しており、これは溶剤が材料内部に大量に浸透していることを意味する。
さらに、ASTM D543による詳細な耐薬品性試験結果も公開されている。これは1日および1週間浸漬後の機械的特性変化を測定したものだ。
| 溶剤 | 1日後の弾性率 | 1週間後の弾性率 | 1日後の強度 | 1週間後の強度 |
|---|---|---|---|---|
| IPA | 52% | 34% | 66% | 56% |
| アセトン | 47% | 87% | 53% | 92% |
| 脱イオン水 | 91% | 105% | 94% | 102% |
| ディーゼル | 83% | 68% | 86% | 88% |
| モーターオイル | 91% | 99% | 98% | 107% |
IPAに1週間浸漬すると、弾性率が34%、強度が56%にまで低下する。これは「洗浄後は速やかに乾燥が必要」という実用上の注意点を示している。一方、水やモーターオイルに対してはほとんど影響を受けない。
HDPEは石油化学製品、溶剤、酸塩基など幅広い薬品に耐えることで知られるが、Tough 1000は有機溶剤(特に芳香族)に弱い。これは「PEライク」ではあるが、HDPEの持つ幅広い耐薬品性までは継承できていないという重要な制約である。ボトルなどに利用したい向きもあると思うので、覚えておきたい。
光造形分野でもより広い用途を狙うための材料戦略
Formlabsは光造形からスタートしたが、小型のPBF方式(粉体材料をレーザー焼結する方式)で人気を博しているFuseシリーズを投入するなど自らの強みと弱みを理解した戦略展開を実行してきた。今回のPEライク樹脂やABSライク樹脂も、既存のユーザー層に対してより幅広い活用シーンを提供したい狙いだろう。
耐薬品性の制約を理解した上での適材適所
今回でいえば耐薬品性はTough 1000、Tough 2000 V2もPEやABSに劣る。しかし剛性だけではなく粘りも備えたTough 2000 V2は現場での使い勝手を大きく底上げしていくはずだ。
試作品として形状を再現しただけではなく機能試験でも使える部品、半年おいておいても「形状がダレない」「いきなりポッキリいかない」材料にステージを上げてきた。適材適所での材料選定を行えば、試作から小~中量生産の現場において、従来のSLA光造形パーツでは難しかったフィラメント材料同等の使い勝手で部品を生産することが検討しやすくなった。
Form 4エコシステムとの統合設計
Tough 1000とTough 2000 V2は、Form 4シリーズ専用である点も重要だ。これは単なるマーケティング上の制約ではなく、材料とプリンタの統合設計によるようだ。
技術データシートには「Tough 1000 Resinは、Form 4シリーズプリンタの技術を活かした新しい材料配合で、Durable Resinと比較して破壊靭性が5倍、破断伸びが2倍になり、温度・クリープ・経年劣化への耐性が向上しています」と記載されている。また、Tough 2000レジンV2についても「Form 4シリーズの技術を活かした新配合で、前世代と比較して破壊靭性が3倍になり、耐熱性や材料寿命、外観が向上しています」とある。
Form 4の高速・高精度造形により、均一な硬化が実現され、積層界面が強化される。Form Cure V2の低温短時間硬化(70°C×12分)により、熱による変形や内部応力の発生が抑えられる。これらの相乗効果により、V2の性能向上が実現されている印象を受けた。Formシリーズは代を重ねるごとに方式を洗練させてきたが特にForm 3とForm 4では光の当て方が根本的に異なる点にも注意したい。
「切削以上、射出成形未満」の実現度を実際に評価して感想をきかせてほしい
Formlabsはここ数年、「切削以上、射出成形未満」の領域を強く意識した製品戦略を続けてきた。材料、造形装置、後処理機器を一体でアップデートしながら、試作品止まりだった光造形パーツを、いかに「使われる部品」に引き上げるか。その姿勢が今回のToughシリーズ刷新には明確に表れているように感じる。TDSを見るだけではなく、実際に造形しながらその違いを確かめてほしい。


