日本の3Dプリンター活用を阻む3つの壁と闘う!群馬積層造形プラットフォーム(GAM)の挑戦
目次
群馬積層造形プラットフォーム(GAM)の活動と理想
日本企業の3Dプリンター活用は欧米に比べて遅れていると言われる。そんな中、製造業のAM推進を目的に掲げた業界団体が複数活動している。今回取材した 群馬積層造形プラットフォーム(以下、GAM) は、日本ミシュランタイヤ株式会社を中核に、2021年7月に群馬県太田市で設立された一般社団法人だ。日本ミシュランタイヤが保有するAddUp(アダップ)社製の金属3Dプリンターを利用しながら、3Dプリンターならではの設計やモノづくりを実践的に学ぶ取り組みをはじめ、AM技術の実用化に向けた技術者の育成や共同研究開発を進めていくことを目的にしている。
今回はGAM設立の経緯と目的など伺いながら、日本企業が3Dプリンター活用で直面している課題やその乗り越え方をGAMの事務局担当である日本ミシュランタイヤ株式会社の小川匡通氏に伺った。(画像・資料提供:群馬積層造形プラットフォーム(GAM)および日本ミシュランタイヤ)
タイヤ事業で活用した金属AMのノウハウを地域貢献へ活かしたい
シェアラボ編集部:GAMは日本ミシュランタイヤさんが中心に群馬県の製造業が参加している団体と伺っています。なぜミシュランさんが群馬県で3Dプリンター活用のための団体を立ち上げたのでしょうか?
GAM小川氏:金属積層造形はグループとして力を注ぎたい戦略事業の一つであることに加え、日本ミシュランタイヤは群馬県で30年以上タイヤの研究開発をしてきました。群馬県に地元貢献を何かできないかと考えた時に、AM技術の活用が候補に挙がったのです。
少し詳しくご紹介しますと、ミシュラングループの事業分野としては3つあります。1つ目はタイヤ事業です。ミシュランは元々フランスのタイヤ会社ですので、ここはコアビジネスですね。2つ目は、タイヤに関連するデジタルソリューションの提供です。例えば、タイヤの空気圧やタイヤの残溝をデジタル測定し、人手不足を補うようなサービスを提供していきます。
そして3つ目が、金属積層造形をはじめとした新規事業分野です。タイヤ事業で培ったノウハウや技術を活かし、2030年までに2つ目のタイヤ関連事業と、3つ目の新規事業で全体の20~30%の売り上げを出すことを目標に掲げて活動をしています。ですから、金属積層造形はこれからミシュラングループとして力を入れていく分野なんです。
実はミシュランは、タイヤの表面にあるトレッドパターン(溝)を彫るために、10年以上にわたって金属積層造形技術を使ってきました。タイヤの金型を金属3Dプリンターで造形してきたノウハウを持っているんですね。また3Dプリンターをただ利用するだけではなく、フランスで2015年にAddUp(アダップ)社という3D金属プリンターを製造販売する会社を立ち上げています。その知見をビジネス展開するとともに、地元企業の研究・開発活動へと還元し、群馬県からAM技術を普及していこうというのが「群馬積層造形プラットフォーム(GAM)」の始まりです。
GAMが大切にする「活動の3つの柱」
シェアラボ編集部:GAMの活動は、どういったことを目的としているのですか?
GAM小川氏:GAMはAMの「人材育成・実用化・研究開発」の3つの柱をビジョンに掲げています。この柱を推進することで地域や産業界のニーズに応え、新たな価値の創造と貢献を実現するのが目的です。
柱の1つ目である「人材育成」では、教育プログラムを提供しています。初級・中級・上級というレベル別が特徴で、Additive Manufacturing(アディティブ・マニュファクチャリング:AM)技術に触れたことがない人も、すでに始めた人も、使いこなしている方にも、幅広いニーズにお応えできる内容となっています。
続いて2つ目は「AMの実用化」です。金属積層造形をするには3Dプリンターは当然必要ですが、それだけでは実施できません。部品のデザインや設計といった前工程、それから実際に造形する工程、そして後工程である熱処理や表面処理、それらすべてが揃う必要があります。群馬県太田市の「ミシュラン AMアトリエ」ではすべての工程が行える設備が揃っており、実用化を具体的に後押ししています。
最後に「研究開発」については、GAMの保有する設備を使えば高額な初期の設備投資がいらないということです。色々な実験や試作をしてみてAM技術が有用だとわかったら、必要に応じて各企業で設備投資をしていただけるので、試行錯誤をするのに非常に適した環境と言えます。また、AMのノウハウを持った技術者も在籍しており、さまざまなアドバイスをさせていただきます。
シェアラボ編集部:経験者にアドバイスをもらいながら、知識や技術をどんどん吸収していける環境なんですね。
GAM小川氏:はい。3Dプリンティングでの受託造形サービスを利用されている企業も多くあると思いますが、外部で造形物を作った場合、どういう風に積層の工程を設計して、どんな難しさがあって、それをどう乗り越えたのかということはわかりません。しかし、GAMの中で実施すればそれらすべてをノウハウとして蓄積できます。それがGAMに入って活動することの最も大きなメリットではないかと考えます。
シェアラボ編集部:それはすごく価値のある学びだと思います。
GAM小川氏:GAMのメンバーになると、活動で得たノウハウはすべて共有されます。実験や試作、仮説を立てて検証するなどの活動を通して、ノウハウを蓄積してエンジニアを育てていくのが活動趣旨の一つです。
「まずやってみる」精神への方針転換で、GAMの活動が加速
シェアラボ編集部:これは今日のテーマでもある日本企業が直面している3Dプリンター活用の壁にもつながるテーマになってくると思うのですが、GAM設立までに地元企業の有志の方々と話をする中で、難しいと感じたことは何ですか?
GAM小川氏:GAMの設立に向けては、地元群馬の企業だけではなくJETRO群馬、群馬大学、群馬県産業技術センターなども巻き込んで、一緒に何かできないかという構想が2019年7月頃から持ち上がりました。
最初は「金属積層造形はすごい技術だと聞いたけど、それが自分の会社にどんなメリットがあるんだろう」と疑問に思っている方が多いようでした。また、日本のものづくり業界ではまだまだ匠の技術が必要とされている背景もあり、過去から培ってきた技術とAMという新しい技術がどう共存するのか、それぞれの得意分野は何なのかを丁寧に伝えていく過程に時間が必要、という印象です。
シェアラボ編集部:「AMとはこういう技術だ、という確信」がないせいで動けなかった方々も、徐々に理解するにつれ考え方が変わっていったんですね。
GAM小川氏:はい。日本の製造現場が培ってきた匠の技術とAMの技術は、どちらがいいというのではなく、両立するものです。積層造形は今までできなかったこと・難しかったことをより簡単にできる技術ですから、匠の技術を置き換えるようなものではないとご理解いただくのが重要なプロセスでした。
また経営を取り巻く環境変化に、新技術で活路を見出したいという経営者の方々の想いもあったと思います。群馬県はスバルもあり、自動車産業が盛んです。ですが自動車の電動化などに代表される大きな変化の波の渦中にあります。一部の経営者の方は「このままじゃ私たちの事業が成り立たなくなるかもしれない」という強い危機感をお持ちでした。そういった方が周囲を刺激して、2021年のはじめ頃から「まずできることからやろう」という流れになり、活動が加速していきました。
企業のAM導入を阻む壁をGAMが解決したい
シェアラボ編集部:強い危機感から新しい技術であるAMに活路を見出そうという経営者の声が上がったんですね。とはいえ、新しい技術であるだけに、3Dプリンターでのものづくりにはまだ壁がたくさんあると言われています。改めてお伺いするのですが、小川さんのお考えでは「日本企業の直面する3Dプリンター活用を阻む壁」とは、どういったものがあると思いますか?
GAM小川氏:大きく3つあると思います。1つ目の壁は、「中小企業にとって3Dプリンターの導入は少なくない設備投資になる」ということ、そして2つ目の壁は「3Dプリンターがあるだけでは、積層造形ができない」ということです。AMには前工程や後工程があるため、それらを含めた設備投資をすると、相当な予算が必要となるでしょう。そして最後の3つ目の壁は、「ノウハウを学ぶ機会がない」点です。日本ではAM教育の場がほとんどありません。実践しているサービスビューロなどに外注しても作業過程を見ることができませんので、やり方はわかりません。自社の知見として蓄積できないため、3Dプリンターを活用したものづくりができる技術者の養成にはならないんですね。
日本企業が3Dプリンター活用に取り組むためには「予算確保が難しい」「ノウハウが必要」「でも教えてくれる人がいない」という壁を乗り越える必要があります。この課題に応えるのがGAMの1つの使命だと思っています。GAMには一通りの研究開発ができる設備があるため、設備投資しなくてもAM技術を活用できますし、ミシュランの持つノウハウを会員の皆さんと共有することで、学んだノウハウを実践することもできます。
シェアラボ編集部:GAMの活動では、企業などから集まったメンバーで座学をしたり試作アイディアを持ち寄ったり、またプロからそれに対するレビューも受けられたりするのでしょうか?
GAM小川氏:はい。ただ学ぶだけではなく、相互に刺激し合う点は非常に重要だと思っています。知識や技術に関する講義に加え、複数の企業が一緒に学ぶ機会もあるので、ブレインストーミングなども行います。GAMのメンバーは、まったく違う領域の事業に携わっている方がたくさんいます。そういう人たちがサロンの中でものづくりについて意見を交換するのは、すごく刺激になっているという声を聞きますね。そんな体験が実用化につながる道筋になっていくと思います。
AMのさらなる普及と、ものづくり業界の活性化を目指して
シェアラボ編集部:一緒に取り組んでいる仲間の姿をみるとモチベーションにつながりますよね。GAMの活動を通じてどんなことを発信していきたいですか?
GAM小川氏:AMは今までの工法とまったく異なる技術なので、多くの人は想像がつかないと思います。「聞いたことがある、興味がある」というところから一歩踏み出し、「挑戦してみたい」と思ってもらうためには、AMの良さは何なのか、自社にとってどんな価値があるのかを理解してもらうことが大事です。
今はGAMで試作などに取り組んでいる段階ですが、今後はその成果を発信し、「こんなことができるんだ」という気付きを持ってもらうことで、AMを使ってみようと思う方が出てくると思います。
シェアラボ編集部:今までなかなかAMに取り組むチャンスが作れなかった人たちに、AMアトリエや講習を通して相互交流できる場を作り、チャレンジを後押ししたいということですね。
GAM小川氏:はい。また、AMの普及には会員の力も欠かせません。GAMには、正会員・賛助会員・サロン会員の3つの種類があります。正会員はAMについて情報収集をしたい方、賛助会員はAMの様々な工程についてアドバイスを下さる専門家、サロン会員はAMの実用化に向けて教育プログラムや研究開発に取り組む方です。
GAMの活動のメインはサロン会員ですが、それと同じくらい賛助会員も重要な存在です。なぜなら、サロン会員が「こういうことを実現したい」となったときに、サポートやノウハウの提供をしていただくのが賛助会員だからです。賛助会員はサロン活動の領域を広げるのに不可欠な存在ですから、色々な領域の専門家に入っていただいて、共同開発をさらに加速させていきたいと思います。
シェアラボ編集部:ものづくり業界やAM技術の発展にとって、とても大きな可能性が詰まったプロジェクトですね。
GAM小川氏:AMの定着には将来への種まきも重要です。参画企業以外にも、大学と連携し、将来デジタルものづくりに携わる学生さんたちにAMの技術を知ってもらう活動をしたり、地元の小学生をAMアトリエに招いて3Dデータの活用について知る機会を提供したりする活動も行っています。
デジタルものづくりの普及を促進するには、業界の中だけでなく、より多くの人にAMの存在を知っていただく必要があると思います。そのためには、GAMの活動で実施した様々な試行錯誤、そのプロセスで得た知見を発信することが大事です。
将来はGAMから巣立ったエンジニアたちが業界をけん引する状態を目指して、さらなる活動の活性化とGAMの取り組みの発信をこれからも続けていきたいと思います。
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おわりに:日本のAM推進を阻む壁「予算確保が困難」「ノウハウ不足」「教育機会がない」
GAMの小川氏は日本の3Dプリンター活用を阻む壁を 「予算確保が難しい」「ノウハウが必要」「でも教えてくれる人がいない」 という言葉で表現してくれた。
将来に大きな不安がある中で、周りに実践している人が少ない3Dプリンターを活用したモノづくり領域に挑戦するのは大きなリスクだ。経営に貢献できる成果を保証できないのに、高額な装置を導入できないというのは企業人であれば理解できる心情だ。確たる成果をイメージし、そのための道筋を学び、チャレンジのための具体的なプランニングを提示しないことには、動きにくい。しかしリスクをとり、AMという新しいモノづくりに挑むことは、新しいビジネスを作り出す大きなチャンスでもある。
そのためには、AM活用のための道筋を学び、実践する場が必要だ。まさにGAMが提供するミシュラン AMアトリエと教育プログラムはその実践の場になるだろう。正式な発足からまだ日も浅い中だが、具体的な活動成果の報告が待ち遠しい。
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2019年のシェアラボニュース創刊以来、国内AM関係者200名以上にインタビューを実施。3Dプリンティング技術と共に日本の製造業が変わる瞬間をお伝えしていきます。