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学生がフード3Dプリンターを使いこなす!?十文字学園女子大学に取材

十文字学園女子大学で導入しているフード3Dプリンター「SHOT mini 200」(武蔵エンジニアリング社製)

十文字学園女子大学の食品開発学科では、実習授業でフード3Dプリンターを活用している。同学科で力を入れているのは、フードインクの開発だ。フードインクとは、食材をペースト状にしてカートリッジに補填したものを指す。フード3Dプリンターでは、ペースト状にした食材をノズルから出力することで食品を積層造形する。

今回は、同大学の人間生活学部 食品開発学科で特別任用教授を務める高谷 和成 氏と高谷ゼミの学生の方に、フードインクの開発を行っている理由や、フード3Dプリンター活用の可能性について取材した。(上部画像は十文字学園女子大学で導入している武蔵エンジニアリング社製のフード3Dプリンター「SHOT mini 200」。撮影:ShareLab編集部)

2020年に設立された「十文字学園女子大学食品開発学科」で学べること

十文字学園女子大学 人間生活学部食品開発学科 特任教授・高谷和成氏(ShareLab編集部撮影)
十文字学園女子大学 人間生活学部食品開発学科 特任教授・高谷和成氏(ShareLab編集部撮影)

ShareLab編集部:フード3Dプリンターを活用している学科はとても珍しいと思うのですが、 食品開発学科はどのような学科なのでしょうか。

高谷氏: 食品開発学科では、食品開発に必要な6つの領域(食の科学・食の開発・食のおいしさ・食のビジネス・食の機能性・食の安全と安心)に関する授業を行っています。食品開発では、食に関するマーケティングや包装デザインなどの知識も求められるので、食に関する幅広い知識を学べるようにしています。

食品開発学科は2020年に誕生した学部で、今の4年生(2023年時点)が第1期生です。食品開発学科という名前の学科は、たぶん全国でもなかったと思うんです。一つのゼミや専攻としてはあるのかもしれませんが、学科としては当校が初ではないかと思います。

食品開発学科が誕生するまで、人間生活学部の学科は「健康栄養学科」「食物栄養学科」「人間福祉学科」の3つでした。食物栄養学科の卒業生は栄養士として学校や病院に就職する方が多いのですが、なかには食品関連の企業に就職して、食品開発を担当する方も何名かいるんです。そこで、食品関連の企業から「食品開発に特化したような学科があってもよいのではないか」という意見をもらいまして、食品開発学科を創設したという背景があります。

フード3Dプリンターの活用が、深刻な少子高齢化を乗り切る糸口に

ShareLab編集部:食品開発学科でフード3Dプリンターを導入しようと思ったのはなぜですか?

高谷氏:フードテック(最新のテクノロジーを駆使して食品や調理法を開発する技術)に関する授業を行うなかで、私自身がフードテックに興味をもったのがきっかけです。日本では、少子高齢化によって食品産業に従事する人が少なくなっています。さらに、世界的には人口の増加による食糧不足が問題になっています。これらの問題を解決するためには、フードテックの技術が必要だと思いました。

大学としてフードテックの領域にどのように踏み込めるだろうかと考えたときに、自分のこれまでの研究技術をフードインクの開発に活かせるのではないかと思いました。運用コストや設置場所などの面でも適していると判断しました。また、フード3Dプリンターはまだまだ開発の黎明期なので、フード3Dプリンターの導入が食品開発学科としてのアピールポイントになるのではという考えもありましたね。

さまざまなメリットを考えて、2021年に武蔵エンジニアリング社のフード3Dプリンターを1台導入することになりました。導入費用は300万円ほどでしたね。

高谷氏:最初は1台のみの導入だったので、実習の授業でも私が実演するのを学生の皆さんに見てもらうくらいしかできませんでした。それではだめだと思い、 Natural Machines社のフード3Dプリンター「Foodini(フーディーニ)」を9台導入し、2022年度の授業から学生全員が触れるようにしています。「Foodini」の導入費用は、輸送費などを含めて1台60万円ほどでした。40名の学生を7〜8名のグループに分けて、グループごとに3Dプリンターを使ってもらっていますね。

Natural Machines社製のフード3Dプリンター「Foodini」(出典:株式会社INNOVA GLOBAL)
Natural Machines社製のフード3Dプリンター「Foodini」(出典:株式会社INNOVA GLOBAL)

高谷氏:「SHOT mini 200」と「Foodini」は出力方式や機能が異なるので、用途に応じて使い分けています。

たとえば、武蔵エンジニアリング社の機種では、3D CADデータを活用した詳細な設定が可能です。Natural Machines社の機種は、3D CADデータと連携せずに造形物を出力できます。機種のタッチパネルで丸や三角などの図形を組み合わせてデザインを作成し、積層数などを選択することで手軽に出力できるのが特徴ですね。

 「Foodini」の タッチパネル。図形を組み合わせてデザインを作成する(出典: 株式会社INNOVA GLOBAL)
「Foodini」の タッチパネル。図形を組み合わせてデザインを作成する(出典: 株式会社INNOVA GLOBAL)

15時間で900個分を出力!「エスカルゴクッキー」ができるまで

ShareLab編集部:実際にフード3Dプリンターで造形した作品があれば拝見したいです。

高谷氏:「Foodini」のフード3Dプリンターを6台使って、エスカルゴクッキーを900個つくりました。生地の出力に15時間ほどかかりましたね。生地の出力のみをフード3Dプリンターで行い、焼きの工程はオーブンで行いました。

 「Foodini」 で出力したエスカルゴクッキー(撮影:ShareLab編集部)
「Foodini」 で出力したエスカルゴクッキー(撮影:ShareLab編集部)

高谷氏:食品開発学科では、フードインクの開発をメインで行っています。クッキーであれば手軽につくれて保存性も高いので、今回、エスカルゴエキスパウダーの開発・販売をしている「日本バイオコン株式会社」さんとのコラボで、エスカルゴエキスパウダーを使用したエスカルゴクッキーをつくることにしました。

最初はかたつむりの目をデザインしたりと、結構凝ったものをつくっていたのですが、焼いたら取れちゃったりとかして。結局はエスカルゴの殻の部分のみのデザインにしたんですけど。今考えたら、目玉とかつけてたら900個つくるの大変だっただろうな(笑)。

「Foodini」 で出力した、トマトジュースベースのオマール海老(撮影:ShareLab編集部)
「Foodini」 で出力した、トマトジュースベースのオマール海老(撮影:ShareLab編集部)

オマール海老の形をした作品では、トマトジュースにゲル化剤と増粘剤を加えたフードインクで出力しました。出力後は、電子レンジで温めることで固めています。

複雑なデザインが簡単につくれることがフード3Dプリンターの魅力!

ShareLab編集部:高谷ゼミの学生の方にもお話をうかがいたいと思います。実際にフード3Dプリンターを使ってみて感じた、メリットとデメリットをそれぞれ教えてください。

学生Aさん:ボタンを押すだけで、複雑なデザインを簡単に造形できるのがいいなと思います。また、図形を組み合わせながらデザインを考えることで、新しい発想が思い浮かびやすくなると感じています。

学生Bさん:私も、複雑な造形ができるのがメリットだと思います。大変な点としては、出力時にフードインクがノズルに詰まってしまった場合でも、機械が先に進んでいってしまうことですね。

高谷氏:フードインクの詰め方にコツがありまして、隙間なく詰めないと空気だけが出力されてしまうんですよね。粘度のあるものを隙間なく詰めるのは意外にむずかしいんです。やっと完成したと思って見てみたら、「(造形物が)途中でなくなっちゃった」ということがありましたね(笑)。少しずつコツをつかんで、空落ちせずに出力できるようになりました。フード3Dプリンターが広く実用化されれば、問題なく出力できるフードインクが市販されるようになると思います。

フード3Dプリンター用の各種フードインク(画像提供:十文字女子大学)
フード3Dプリンター用の各種フードインク(画像提供:十文字女子大学)

学生Cさん:フードインクの増粘剤をつくる際に、自分たちで一から配合を考えるのがむずかしかったです。はじめは高谷先生が配合した増粘剤のレシピを参考にしながらつくっていたのですが、ある程度知識が身についてきたときに、ゼミ生の力だけで増粘剤をつくることになりました。正解がないなかで、みんなで配合を考えて増粘剤をつくるのは大変でしたね。

十文字学園女子大学で開発した増粘剤「TypeX」(撮影:ShareLab編集部)
十文字学園女子大学で開発したゲル化剤「NGH-819」(撮影:ShareLab編集部)

高谷氏:多糖類(増粘剤の原料)の配合には、ある程度の規則性が存在します。

ただ、同時に自分自身の試行錯誤も求められるんです。「この物質とこの物質を合わせるとこのような相乗効果がある」という法則が決まっている組み合わせもありますが、今回の作品(トマトジュースベースのオマール海老やエスカルゴクッキー)には適用できませんでした。

何度も試行錯誤しながら高谷ゼミで開発した増粘剤が、私たちが「タイプX」と呼んでいるものです。

ちなみに、「TypeⅢ」は基本的なゲル化剤と「タイプX」を組み合わせてつくられています。使用する食材に応じてタイプXの配合を調節することで、温度に左右されず、一定の粘度を保った増粘剤を開発できました。

学生Dさん:便利な点は、デジタルデータをもとに出力するので、誰がどこにいても同じデザインの造形物がつくれることですね。苦労したのは、一つのカプセルに詰められる容量が決まっているので、出力の途中でフードインクが足りなくなるケースがあることです。「この造形物を出力するにはこれくらいの容量が必要だな」という計算をしながらフードインクを詰める必要がありました。

インタビューに応じてくれた高谷ゼミの学生さん(撮影:ShareLab編集部)
インタビューに応じてくれた高谷ゼミの学生さん(撮影:ShareLab編集部)

学生Eさん:フード3Dプリンターのよい点は、パーソナルフードの調理に応用できることだと思います。介護食では、ペースト状の食事をそのまま提供するよりも、形を整えたほうが食事をよりおいしく見せることができます。食の可能性を広げられることが3Dプリンターの魅力だと思いますね。

大変だったのは、生クリームでフードインクをつくったことですね。メーカーによって成分が異なるので、粘度が生まれるものと生まれないものがありました。最終的に、生クリームの代わりにホイップクリームを使うことにしました。

高谷氏:ホイップクリームであれば、増粘剤を使わずにそのまま出力できますね。

学生Fさん:細かい造形ができることや、増粘剤を使うことで食感を調節できるのが便利だと思います。たとえば、アレルギーなどで家族と同じ料理を食べられない方でも、フード3Dプリンターで料理の形や食感を近づけることはできます。また、これまでにない新しい形や食感をつくれたら楽しそうですね。後片づけのときにノズルが食材で目詰まりしてしまうのが大変なので、使い捨てのノズルが市販されたら便利だなと思います。

高谷氏:将来的にはカートリッジやカプセルのようなものが出てくると思います。その分費用はかかりますが、作業自体はとても楽になりますね。

介護食の開発やフードロスの削減 ― フード3Dプリンターで広がるキャリアの可能性

ShareLab編集部:学生の皆さんは、卒業後はどのような道に進む予定ですか?

高谷氏:将来的には、高谷ゼミのメンバーで会社を立ち上げたいねって話していましたよ。「みんなでやろうか」って。日本でのフード3Dプリンターの活用は発展の余地が大きく、実際にフードインクの開発や食品づくりも行っているので、叶わない夢ではないですよね。

学生Eさん:就職活動では、食品関連の企業を中心に見ています。就職活動をするなかで、4年制大学卒の社員が食品開発を希望する場合は、営業職や販売職などのステップを経て任されるケースが多いことを知りました。また、介護施設でフード3Dプリンターが活用されるようになったら、ソフト食をつくる仕事にも興味はあります。

高谷氏:授業でも介護食を食べたり、介護食をつくっている方に話を聞いたりしていますね。先日は、学生が考えたソフト食を実際に介護施設で提供してもいいか、という相談がありました。

また、食物栄養学科の卒業生で保育所の栄養士をしている方から、「フードロスを削減するためにフード3Dプリンターを活用できないか」という相談もありました。たとえば、野菜の芯のような食べられるけど捨てられてしまう食材をペースト状にして、恐竜の形にして園児に興味を持たせるなどですね。

大学で学んでいるフード3Dプリンター関連の知識が仕事として役立つのは、もう少し先の話になるかもしれません。ただ、多糖類メーカーなどではフードインクの開発に興味を持ってもらえる可能性は高いと思いますね。すぐには実務につながらなくても、何らかの形で役立ててもらえたらうれしいです。

どうすればフード3Dプリンターは日本で普及する?

シェアラボ編集部:フード3Dプリンターは開発の黎明期で、飲食店や介護施設での導入が進んでいないのが実情です。フード3Dプリンターを普及させるためには、どのようなことが必要だと思いますか?

高谷氏:フードインクの開発が鍵を握っていると思います。3Dプリンターが手頃な価格で家庭にも普及したのは、ABS樹脂など、一定の温度で固まる素材が開発されて機械がシンプルになったことがあります。3Dプリンターが登場した当初は、家庭用でも数十万円はしました。今では、家庭用の安いものであれば1万円ほどで購入できます。

フード3Dプリンターでは、物性の異なるさまざまな食材を出力しやすい温度にコントロールすることができません。さらに、出力から調理までを一貫して行えないという課題もあります。

これらの課題をクリアするために、十文字学園女子大学では「調理済みフードインク」を開発し、出力後に食品をそのまま食べられるようにしたいと考えています。ソフト食のようなゲル状の食品を、食欲がわくような元の素材に近い形に整えて提供するイメージですね。

それでも「温めてから食べたい」というニーズは出てくるかと思いますので、温めても溶けないフードインクもあわせて開発しています。さまざまな食材に応用できる増粘剤が生まれれば、より多くの食品が容易につくれるようになると思います。

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