2025年6月14日(土)~2025年6月15日(日)に東京都大田区の東京流通センター展示ホールCにて「Japan RepRap Festival 2025 (以下、JRRF2025)」が初開催された。
特筆すべきはこの展示会が個人(@YuTRON)によって企画され、約20名の有志のサポートで運営されていたことだ。国内外の協賛企業は44ブース、個人のブースは59ブースにも及び、2日間の来場者は1500人を超える一大イベントとなった。
私たちShareLabもSILVER SPONSORとして参加し、ブースではお客様である第一セラモ様の金属・セラミックスフィラメントの造形サンプルを展示させていただき、また2日目には大手製造業や販売店の方を3名招いて会場にてスペシャル対談を行わせていただいた。
(詳細な会場の様子はFabScenceに掲載された浅野義弘 氏の記事が詳しい。https://fabscene.com/new/special/report-jrrf2025 )
目次
JRRF2025 から見える業務用 3D プリンター市場の根本課題
業務用 3D プリンター市場の停滞要因として、従来はコスト面での課題(数百万円、数千万円単位の投資)や技術的ハードルが挙げられてきた。しかし、短期化する開発サイクルへの対応が求められる中、なぜいつまでも市場は変われないのか。様々な要因が考えられるが、結果から見ても明らかに絶対的に足りていないものがある。 それは「ユーザーを巻き込んだ熱気や共感」ではないだろうか。JRRF2025 の会場で目にしたのは、 愛好家たちが技術革新に向ける純粋な情熱と、課題解決への飽くなき探究心だった。ここには、業界が長らく見失ってきた「何か」があった。
3Dプリンター愛好家コミュニティの DNA
会場を歩けば、そこには確かに「足りなかった何か」があった。参加者たちは単なる消費 者ではなく、2005 年から続く RepRap プロジェクトの思想を受け継ぐ「作り手」だった。 自分で印刷できるコンポーネントを持つ 3D プリンタを開発し、その思想や技術を共有するこの文化は、単なる技術共有を超えた深い共感に基づいている。 ある参加者は自作機の改良点について熱く語り、別の参加者は造形したものを見せている。失敗談も惜しげもなく共有され、それが次の改良のヒントになる。ここには「顧客」と「メーカー」という境界線はない。全員が課題を共有し、全員が解決に向けて汗をかく当事者なのだ。
業務用 3D プリンターの市場に欠けているもの
翻って業務用 3D プリンター市場を見れば、そこには明確な断絶がある。メーカーは高性能な機械を作り、ユーザーは受動的にそれを使う。不具合があればサポートに連絡し、改良要望があれば次期モデルを待つ。この構造的な分離こそが、イノベーションの停滞を招いているのではないだろうか。RepRap コミュニティが 20 年間で築いてきたのは、「3D プリンターは自分自身をコピーできる」という技術的な自己複製能力だけではない。知識と情熱が自己増殖し続ける、持続可能なイノベーション・エコシステムそのものだった。
3Dプリンター活用の制約を超えた共創の可能性
もちろん業務用での使用には守秘義務や公開できない事案もあるだろうが、それでも、この根本的な「断絶」を放置し続けることはできない。守秘義務の制約があるからといって、ユーザーとメーカーの間の溝を埋める努力を怠っていいわけではない。実際、愛好家コミュニティでも機密性の高いプロジェクトは存在する。しかし彼らは、公開できる範囲での情報共有、匿名化された課題の抽出、一般化された解決手法の議論など、制約の中でも最大限の協力関係を築いている。問題は守秘義務そのものではなく、それを言い訳にしてユーザーエンゲージメントから逃げ続ける姿勢にある。
AMUG が証明する成功モデル
アメリカで開催されているユーザーによるイベントである AMUG を見れば、そこにある重要性に気づくだろう。 「For Users, By Users」を掲げる AMUG(Additive Manufacturing Users Group)は、まさにその成功例である。毎年何千人ものアディティブマニュファクチャリングユーザーがシカゴに集まり、洞察と経験を共有し、エンジニア、デザイナー、マネージャー、教育者が世界中から専門知識、ベストプラクティス、課題、アプリケーション開発を共有する。2024 年には 87 人が参加した AMUGderby や、140 以上の企業が出展する AMUGexpo を見れば、単なる技術展示会を超えた「コミュニティ」の力がそこにある。航空宇宙・防衛、建築、自動車、鋳造、消費者製品、製造業、医療など多岐にわたる先進的なアプリケーションについて、ユーザー主導で深い議論とテクニカルセッションが行われる。AMUG の成功が物語っているのは、業務用アディティブマニュファクチャリング分野においても、ユーザーエンゲージメントこそが技術革新の原動力だということだ。メーカー主導の一方通行な情報発信ではなく、「New Member Welcome」で新参加者を温かく迎え入れる文化的な土壌があってこそ、持続的なイノベーションが生まれる。
3Dプリンター活用の次世代への継承という使命
また、会場には小学生や中学生を含めた学生も多く来場しており、これからの日本のSTEAM 教育にも有益だと感じた。子どもたちの目の輝きがそこにはあった。自作 3D プリンターの仕組みを真剣に見つめ、「なぜこの部品が必要なの?」「どうやって動くの?」と質問を投げかける小学生たち。中学生は実際に改良されたプリンターに触れ、その精度に驚嘆していた。日本でも中学校の教材整備指針に 3D プリンターが追加され、文部科学省主導で STEAM教育が推進される中、JRRF2025 が示したのは教科書的な学習を超えた「生きた技術教育」の可能性だった。子どもたちが想像したイメージを 3D モデリングで画面に落とし込み、3D プリンターで出力することで、頭の中にしかなかったイメージが手に取れる立体物となる̶そんな理想的な学習体験が、ここでは自然に行われていた。
3Dプリンター活用への危機感としての教育格差
しかし同時に、深刻な課題も浮き彫りになった。STEAM 教育を指導できる人材が圧倒的に不足しており、プログラミング 、3DCAD、3D プリンターなどのデジタルツールをこれまで使ったことがない学校の先生がほとんどという現実がある。愛好家コミュニティが持つ豊富な知識と経験が、教育現場に適切に伝達される仕組みは、まだ確立されていない。JRRF2025のような場に参加できる子どもたちは恵まれている。しかし全国の多くの学校では、3D プリンターの活用は表面的な「体験」にとどまり、本質的な学びに到達していないのが実情だ。
3Dプリンター活用の未来へ処方箋
JRRF2025 の熱気も、AMUG の成功も、共通して示しているのは「ユーザーが主役になれる場」の価値である。日本の業務用 3D プリンター業界に足りないのは、技術力でも資金力でもない。ユーザーとメーカーが対等な立場で協創できる「場」なのだ。業務用 3D プリンター業界にとって必要なのは、RepRap コミュニティの完全な模倣ではない。そうではなく、彼らが体現している「共創の精神」を、企業活動に適した形で再構築することだ。技術仕様の一部オープン化、ユーザー主導の改良提案システム、業界横断的な課題共有プラットフォーム。守秘義務の制約下でも、ユーザーとメーカーが真の意味で連携する方法は必ず存在する。日本版の AMUG が誕生しても良いかもしれない。そして業務用 3Dプリンター業界が真に変革を遂げるためには、この教育問題にも取り組む必要がある。愛好家コミュニティと教育現場、そして業界をつなぐエコシステムの構築こそが、長期的な市場活性化の鍵となるだろう。 次世代のエンジニアやデザイナーが、JRRF2025 の子どもたちのような「作り手としての情熱」を持って業界に参入してくるその時こそ、真のイノベーションが始まるのかもしれない。
3Dプリンター活用者の共感が開く新たな扉
JRRF2025 で目にした光景は、単なる技術展示を超えた何かだった。一人の個人の企画から始まり、20 名のボランティアによって支えられたこのイベントは、海外で始まった MakerChip という新しい文化の国内への導入とともに、愛好家コミュニティの底知れぬ創造力を世に示した。子どもたちの輝く瞳、参加者同士の熱い議論、そして自発的に生まれる新しいアイデアここには、停滞する業務用 3D プリンター市場が長らく見失ってきた「共感とエンゲージメント」の力があった。業界が求めているのは、より高性能な機械ではなく、より深い「共感」なのかもしれない。JRRF2025 が示した熱気こそが、真のイノベーションへの扉を開く鍵となるだろう。
システム開発会社のエンジニア、WEB制作会社のディレクターなどを経て独立。現在は企業コンサルティング、WEBサイト制作の傍ら3Dプリンターをはじめとしたディープテック分野での取材・情報発信に取り組む。装置や技術も興味深いけれど使いこなす人と話すときが一番面白いと感じる今日この頃。