【独占インタビュー】マテリアライズ社 ヴァンクラーン会長に聞く「日本のAM活用の課題と解決策」
Materialiseジャパン株式会社主催「Materialiseカンファレンス2024」開催に合わせ来日されたMaterialise NV社(ベルギー本社)の創業者であり現在会長のウィルフリード・ヴァンクラーン氏からのご招待により、シェアラボ編集部の丸岡が2024年6月12日に東京都内で単独インタビューした。世界的にも比する方がいないAMの開拓者かつ実践者であり、現在も第一人者である ヴァンクラーン氏から、日本のAM活用の課題と解決策について直接伺えた大変貴重な機会となった。その要点をお伝えしていきたい。(画像は、左:Materialise NV ヴァンクラーン会長 右:シェアラボ編集部 丸岡)
目次
欧州最大級のサービスビューロでもあるマテリアライズ社
1990年にウィルフリード・ヴァンクラーン氏が妻ともに「より健康な社会を創造する」を使命とし、Materialise NV社をベルギーで創立。その後3Dプリントサービス事業は世界的にも最大規模になった今も成長を続けている。加えて自社3Dプリント事業の効率、品質、コスト改善に必要なソフトウエアを自社で開発、使用実証改良し、それらを販売するソフトウエア事業を立ち上げ、AM用データおよび造形準備ソフトウエア「Magics」をはじめとする多種製品を世界中で販売。現在21か国に31の拠点を持ち、社員数約2,400名の企業に成長した。日本ではマテリアライズジャパン株式会社がソフトウエアの販売、サポートを行っている。
マテリアライズ社 ヴァンクラーン会長への単独インタビュー
まず初めに、アジア各国を数日単位で歴訪中の間の貴重な時間と今回の機会を頂いたヴァンクラーン会長、またマテリアライズ本社、マテリアライズジャパンの関係各位にはこの場をお借りして感謝の意をお伝えしたい。今回ご招待を頂いた背景として、丸岡が2002年から9年弱の間マテリアライズ社員であったこと、その後も交流が続いていたことから、ヴァンクラーン会長がAM専門ポータルサイトであるシェアラボとAMを理解している人を通じて日本の方々にメッセージを届けたいというご希望があったことを書き添える。
ヴァンクラーン会長とは久しぶりにお会いしたが、2023年にCEOをファイデン氏に任命された後も世界中の工業、医療、インテリアやファッションなど幅広い分野で、AMによる革新的なものづくりとビジネスに直接関わっている。よりよい社会の創造を目指す情熱と行動力は以前と変わらず、尊敬の念と共にお話を伺った。
AMに対する期待値のギャップ 中韓で広がる温度差
丸岡:今回はインタビューの機会を頂きありがとうございます。まず来日前に韓国を訪問されたそうですが、いかがでしたか?
ヴァンクラーン会長:まず中国と韓国のAMについての違いからお話ししたいと思います。まず中国はAMについてとても大きな将来性を感じている人や企業が多く、膨大な投資をしています。約600台の樹脂・金属のAM装置を運用する工場が複数あります。マテリアライズが連携しているAM装置メーカーであり受託製造も行うXi’an Bright Laser Technologies Co., Ltd. (BLT)社は受託製造に使う装置が1,000台になろうとしており、急成長中です。
逆に韓国はAMの将来に対し悲観的な見方をしています。造形サービス会社も小規模で、倒産した企業もあり、隣国なのに大きな違いがあります。韓国でマテリアライズが開催したユーザーを対象にしたイベントでこの状況の背景は何かと質問したところ、「メディアが原因」との答えが返ってきました。それはAMについて、「例えば人工心臓がプリントできる、また小型プリンターでもどんなものも作れる」など遠すぎる未来の姿を報道してしまい、その後「実際にそのようなことはできない」現実を知ったことでAMに対する否定的な見方が広まったということでした。
そこで、午後の「Materialiseカンファレンス2024」での講演でも触れますが、日本でもAMに対するリアルな現状を知ってもらい、正しい見方をしていただくためにマテリアライズはこれからも尽力したいと思っています。それをマテリアライズができるのは、AMに対する世界的な視野をもっており、また世界各地のAMに関するプロジェクトの成功に数十年関わってきた実績があるからです。
日本はAMによる成長の波に乗っていないという危機感
丸岡:日本のAM活用の実情、課題をどのようにお考えですか?
ヴァンクラーン会長:日本の様々な工業や医療の産業が、AMによる世界的な産業の成長に加われていないのではという危機感を持っています。
その危機に気づいていただきたいというのも、マテリアライズの現状の大きな取り組みのひとつです。例えば補聴器はオーダーメイドの耳栓の製造に、2000年初めからデジタル設計とAMを製造に取り入れた欧米の数企業により世界市場が現状ほぼ独占されていますが、日本企業はシェアを失っています。(写真:AM製シェル オーダーメイド補聴器例。提供マテリアライズ社)
宇宙ロケットも昔は国が開発製造するものでしたが、現在は民間企業が行う産業となりました。アメリカや中国の新興企業はエンジンの製造にAMを多用することで製造工程を短縮しており、もう昔のような多くの鋳造部品やパイプ部品を組み立てる製造には戻らないでしょう。
世界的な高成長産業である半導体製造産業においても、半導体露光装置で日本の競合企業を大きく引き離しています。オランダの世界的な半導体製造機器メーカーASML社はマテリアライズ社を最初かつ最大とするAM製造サプライチェーンを構築し、多くのAM製部品を半導体製造装置に使っていますが、日本でそのような企業は見られません。
日本の現状に対する処方箋は?
丸岡:日本のAM活用の課題に対する解決策についてお考えをお聞かせください。
ヴァンクラーン会長:日本ではAM活用の取り組みやそのための投資を途中であきらめてしまうケースが多いのではないでしょうか。たとえば日本では、医療機器製造の認可を得るのが難しく、長期間かかるかもしれません。そんな場合でも、AMの活用には戦略的に取り組むことが重要です。
例えばアメリカでは医師、病院、企業など関係者が協力し政府行政機関の高いレベルの方々に、医療の課題や問題を伝える活動をしています。認証機関関係者と共にAMを実践するマテリアライズの施設を訪問し、AMやその品質への認識を高め、安全性含め議論を重ねてきました。医療を良くしたいという目標を共有してきたことで、今ではAM活用により多くの医療が改善されるに至っています。
航空宇宙分野でもマテリアライズはEASAやFAAなど認証機関と協働したり、主要製造企業を招待し、実際にAMに触れるワークショップを開催したりしています。
日本でも同じ活動が効果を出せるかはともかく、動かなければ何も起きないと考えています。
かつて日本にも、世界的に最大規模の3Dプリンティングサービス企業がありましたが、今ではそれほどの企業はありません。そのようになった理由を個人的にはAMを活かした設計やデザインについての啓蒙や訴求が十分でなかったのではと思っています。マテリアライズはデザイナーと協力しAMを使ったファッションショーを開催し、デザインについて新しい考えを広めることもしてきました。
こうした活動に参加したデザイナーが、後に中国 上海で起業し、AM製造によるアクセサリー、バッグ、食器類などの販売や、有名ブランド企業への製品提供を行うことで、現在30名のデザイナーを使う規模に急成長しています。更に建設や宝飾分野まで活動を広げ、AMデザインを広める先駆者になっています。
日本でも政府や行政がAM活用、学生などを支援する、また新しいビジネスやデザインに取り組むスタート企業を支援するように動いてもらう活動も必要だと思います。よいAM活用製品を見つけ、「調査研究」から「製造」に人や投資を向けていくことをお勧めしたいです。
日本の企業を見ると、多くの企業が自社研究調査のためAM装置導入の投資をしすぎています。それが逆に競争力につながる製品開発への活用や製造への活用開発の遅れの原因の一つになっているように思えます。
先ほどのASML社のように、社外にAM製造サプライチェーンを構築することで投資対効果を最適にする方法もありますが、その実現には日本国内に「強いAMサービス企業」がもっと増えることが必要と考えています。
ただ、経験上最も難しい部分は人の考え方や視点を変えることです。ASML社でも社内で良い活用例があり、多くの社員がそれを知ることで考え方が変わり、AM活用が広がりましたが、韓国の類似装置メーカーではそのようなことが起きず、活用が進んでいません。
一方で、マテリアライズの計測システムを導入し、オーダーメイドの靴中敷きを製造しているメーカーでは、初めはアスリートのための中敷きを作っていましたが、それが医療関係者に知られ、腰痛患者の治療や高齢者の関節痛の治療やリハビリにも有効なことが分かって用途が広がっている例もあります。AMだけでなく、科学に基づいた計測、解析、設計ができるデジタル技術、ソフトウエアがあってこそ実現した新しい製品やビジネスで、その結果人の健康や生活をよくすることにつながっている例もあるということです。
インタビューを終えて
ヴァンクラーン会長からは「日本でも世界で起きているAMのリアルな現実を多くの人に知っていただくことが重要で、シェアラボにもその役割に期待しています」という励ましのメッセージを頂いた。
こうした視線で開催されたMaterialiseカンファレンス2024も有益な知見が共有された中身の濃いイベントとなっている下記ではその要旨を報告しているので、お時間のある方は是非お目どおしいただきたい。
企業や国の競争力強化、課題の解決につなげられる可能性はまだまだ大きい。もちろんAMで実現できたこと、出来ていないことはそれぞれある。国内外問わず、長年の経験や研究から作られた技術、製品、規格、人やネットワークをまず知りそして理解することは重要な第一歩だ。ヴァンクラーン会長が語るAMの可能性、社会やビジネスをより良くするための役割、そのために必要な技術、サービス、ソフトウェアを開発提供し続ける姿勢は、初めてお会いした頃と変わりがなく、情熱的だ。シェアラボもその情熱に負けないように、より役立つ情報をこれからもお伝えしていきたい。
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設計者からAMソフトウエア・装置販売ビジネスに20年以上携わった経験と人脈を基に、AMに関わるみなさんに役立つ情報とつながりをお届けしていきます。