病院内を自動運転する車いす型パーソナルモビリティの実証実験で3Dプリント部品を活用-WHILL
自動運転で目的地まで移動できるのは自動車だけではない。空港や病院などの公共の場所で、体が不自由なお年寄りなどが気軽に利用する時代が到来しつつある。近距離歩行領域のパーソナルモビリティ(個人向けの乗り物・移動手段)およびMaas(Mobility as a Service:乗り物をサービスとして利用できる形で提供する仕組み)開発に取り組んでいるWHILL(ウィル)社が、病院の中で利用できる自動運転車いすの背もたれで3Dプリンター製部品を導入し、実証実験を行っている。
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すでに羽田空港でも導入された自動運転車いす「WHILL」
WHILL社は2012年創業の日本発のMaas企業。現在はアメリカ、オランダ、中国にも拠点を置き、パーソナルモビリティ事業とMaaS事業の二つの事業を展開している。
パーソナルモビリティ事業では、ちょっとした段差のある歩道でも利用できる電動車いす型パーソナルモビリティを開発・販売・レンタルしている。「WHILL Model F」、「WHILL Model C2」などの製品群を20以上の国と地域で展開しており、日本でもトヨタやホンダといった自動車ディーラーでの販売が始まっており、介護用品販売業者以外の取り組みに注目が集まっているところだ。最大時速6キロで移動できるということで、体が不自由な高齢者など以外にも、利用の幅を広げられるかもしれない。
Maasつまり所有するのではなくサービスとして乗り物を利用するという観点では、WHILLは空港や病院といった公共施設向けに施設内の特定の場所に自動運転で移動できるサービス提供にも取り組んでいる。
事前に設定した場所まで自動運転で移動でき、利用が終われば待機場所に自動で戻っていく。空港や病院などの大きな施設でたくさんの目的地がある施設では、体が不自由な利用者にとって大きな価値をうむということで、期待がされているサービスだ。
3Dプリンターで病院内を電動車いすで移動する患者によりよい移動体験を提供
先ほど紹介した動画のように、すでに空港などの大規模施設では導入が進んでいるWHILLだが、介護が必要な患者を抱える病院での利用者の利便性の確保や、アテンドする医療スタッフへの負担軽減を目的に導入検討が進んでいる。人の助けを借りることなく移動できることは高齢者や患者には自尊心を保つためには大きな要因だ。
上掲写真は実際に愛知県にある藤田医科大学病院での実証実験で用いられたWHILL製品。利用者が手元のタッチパネルで行き先を選ぶと、自動運転で病院内を移動でき、利用がおわれば自動で待機場所に移動するので、片付ける手間もない。個人所有の使い慣れた車いすでは、所有者が座布団などで座り心地を調整できるが、共有するパーソナルモビリティではそうした利用者の工夫が難しいため、座り心地は無視できない要因となる。患者や高齢者にとってシートが快適であることは、利用体験に大きな影響を及ぼすファクターなのだ。
座席の背面パッドに3Dプリンター製部品を採用
今回3Dプリンター製部品が採用されたのは、いすの背もたれ部分に採用されている背面パッド。網目模様にみえるのは3Dプリンターならではの設計でもあるラティス形状だ。WHILL社は、米国に本社を置く樹脂3Dプリンター企業Carbonの日本代理店をつとめるJSR社の声掛けで、自動車などのシートにも造詣が深いブリヂストン社も交えてNDAを締結し、シート開発に取り組んだという。
「タイヤやシートに対する知見をもったブリヂストン社がシートに求められる性能を数値的に分析し、可視化してくれました。われわれJSRはそうした知見をもとに、Carbon社の開発したラティスエンジンというソフトウェアをもとに具体的な形状に落とし込んでいきました。」(JSR 澤田氏)
背面パッドの材質は柔らかいエラストマー樹脂系の材料を採用している。「この材料はCarbon社の標準ラインアップにあるEPU 41です。高い弾性が必要なラティス構造に特に適した量産向けのエラストマー材料で、色違いではありますが、Addidasの3Dプリンター製シューズ『4D』シリーズと同じタイプです。量産を見越した柔らかい材料といえます。」(同氏)
CarbonのEPU41は柔軟性が高く、手で握りつぶしても形がもとに戻る。こうした特性を生かして、ラティスの柱の太さや密集度、形状で、背が触れた際の硬さ弾力を設計することもできるだろう。
今回は背面パッドの制作を行ったということだが、今後はぜひシートの座面など部品のほかに、3Dプリンター製の持ちはこび用座布団など、より個人に寄り添った一品一様なカスタマイズへの挑戦も期待したい。
3Dプリンターによる「感性的な価値」に期待
日進月歩の装置開発が進むパーソナルモビリティ分野。自動運転技術などのソフトウェア側の進化の速さに目を奪われがちではあるが、利用者の体験の最適化を目指した座り心地などの感性的な価値を向上させていく取り組みも進んでいる。従来の設計や製造方法ではできない価値を実現する取り組みは今後もつづいていくだろう。3Dプリンターによる試作制作や治具制作以外にも、こうした最終部品での感性的な価値向上を3Dプリンターで実現する取り組みは、今後も注目して行きたい分野だ。
2019年のシェアラボニュース創刊以来、国内AM関係者200名以上にインタビューを実施。3Dプリンティング技術と共に日本の製造業が変わる瞬間をお伝えしていきます。