人体組織の質感や力学特性を3Dプリントで再現する――その挑戦を本格的に事業化しているのが英国発のAnthroTekである。材料科学を中核に据え、医療シミュレーション用臓器モデルや皮膚モデル、さらには映画用マスクやソフトロボティクス向け人工皮膚まで幅広く展開している。同社は2024年設立。共同創業者のラウル・ペルティエ博士は材料科学の博士号を持ち、DNAプリンティング技術を扱うバイオテクノロジー企業での研究経験を有する。一方で、趣味として行っていたマスク制作に3Dプリントを導入したことが事業化の出発点となった。
目次
材料科学とクリエイティブの融合
ペルティエ博士は2020年にレジン方式3Dプリンターを導入し、マスク制作工程を大きく効率化した。従来は手作業中心であった造形工程にデジタル設計と積層造形を組み込むことで、高精度かつ再現性の高いワークフローを構築した。個人ブランド「The Face Forge」として映画や音楽業界向けに特注マスクを供給し、2023年には映画監督ダニー・ボイル作品への採用実績も獲得している。その後、ビジネス・法務分野のバックグラウンドを持つナズムス・タレク氏と出会い、医療・ロボティクス分野への応用可能性を見据えてAnthroTekを設立した。社名はギリシャ語の「anthropos(人間)」に由来する。
大型レジン機と軟質材料活用
AnthroTekの製造プロセスの中心にあるのが3Dプリントである。同社は以下のような設備を活用している。
- 大型レジン3Dプリンター(Photocentric LC Magna)を24時間稼働し、大型金型を出力
- 小型レジン機群による精密部品製造
- Modix BIG-120Zによる大型部品造形
- 柔軟フィラメント(FlexPLA)、可溶性フィラメント(PVA)、ソフトレジンなどの多様な材料検証
人工臓器の製造では、複雑な多分割金型を3Dプリントし、シリコーン鋳造を行うケースが多い。さらに、パートナー企業Lynxterの装置を活用し、シリコーン臓器の直接3Dプリントにも取り組んでいる。
最大の難関は「軟らかさ」と「薄肉構造」
外科シミュレーション用臓器モデルの最大の課題は、実際の人体に近い柔軟性と薄肉構造を再現することである。シリコーンは自立性が低く、微細な血管構造や内部流路を形成するには高度な設計と製造ノウハウが求められる。
同社は以下の手法を組み合わせて対応している。
- 直接3Dプリント
- 多分割金型による鋳造
- 可溶性サポート材の活用
- 内部補強構造やマイクロ流路の独自設計
臓器ごとに製造プロセスを最適化する「個別設計型アプローチ」を採用している点が特徴である。

材料科学を核とした差別化
AnthroTekの競争力は材料開発力にある。既存材料を組み合わせるだけでなく、独自配合や特性制御を行い、シミュレーション用途に最適化している。
代表例が三層構造の皮膚モデルである。
- 表皮
- 真皮
- 皮下組織
それぞれの厚みや硬度を制御し、年齢や部位、人種差などを再現可能としている。また、血管壁の硬度や厚さを制御することで、血流や血圧挙動まで再現する流体モデルも開発している。
さらに、以下の研究開発も進行中である。
- センサー内蔵型人工皮膚(ロボティクス用途)
- 抗菌性シリコーンコーティング(医療用途)
単なる造形精度ではなく、力学特性・流体挙動・機能統合まで踏み込んでいる点が同社の強みである。

編集部コメント
3Dプリンター活用が「形状再現」から「機能再現」へと拡張している好例である。日本の製造業にとっても、医療機器分野やリハビリテーション分野、さらには次世代ロボット分野において参考となるアプローチである。特に材料設計を内製化し、造形プロセスと一体で最適化している点は、今後の高付加価値AMビジネスの方向性を示していると言える。
用語解説
| ■ ソフトロボティクス ゴムやシリコーンなどの柔軟材料を用いて構成されるロボット技術分野。人体との安全な接触や、生体模倣動作の実現を目的とし、医療・介護・ウェアラブル分野で研究が進んでいる。 |
| ■ レジン3Dプリンター 光硬化性樹脂を紫外線などで選択的に硬化させながら積層する方式の3Dプリンター。高精細造形に適しており、医療モデルや精密金型製作などで広く活用されている。 |
| ■ マイクロ流路 微細な流体経路のこと。医療シミュレーションやバイオデバイス分野で用いられ、血流や薬液の挙動を再現・制御するための重要な構造要素である。 |
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