再生医療製品の開発を手がける株式会社サイフューズが、慶應義塾大学・藤田医科大学とともに進める膝関節の骨軟骨再生治療について、2026年7月にも医師主導の臨床試験(治験)を開始すると日経新聞が報じた。
軟骨組織の欠損に対しては、患者自身の軟骨を体外で培養して移植する「自家軟骨培養移植」がすでに保険適用となっている。しかし、骨まで壊死が進行したケースでは軟骨だけを修復しても根治にはつながらず、従来の再生医療では対応が難しかった。骨と軟骨を同時に修復する再生医療としては世界初の試みとなる。
本取り組みはすでにサイフューズがIRで公開しているので資料を基に取り組みを概観していく。
目次
膝の骨壊死に、既存治療が届かなかった理由

今回の治験が対象とするのは「膝関節特発性骨壊死」と呼ばれる疾患だ。膝関節の骨の一部が血行不全などにより壊死し、痛みや関節機能の低下をもたらす。国内の潜在患者数は年間数千人規模とされている。

今回、研究グループが開発した手法では、人工材料を含まない細胞のみの3D構造体を移植することで、移植後に3D構造体が軟骨と骨に分化。患部を修復する。この骨と軟骨を一体的に再生させる点が技術的な核心となっている。
細胞を「剣山に刺して積む」——サイフューズのバイオ3Dプリンター

サイフューズは2010年に九州大学発スタートアップとして創業した再生医療企業。同社が開発するバイオ3Dプリンター「Regenova(レジェノバ)」は、直径約0.5mmの細胞塊(スフェロイド)を微細なステンレス製の針が並んだ剣山状の台座に順番に刺して積み重ね、細胞塊同士が融合したところで針を除去することで足場材料(Scaffold:スキャフォールド)を一切使わない3D組織を形成する。人工材料を含まず、細胞のみで構成される点が特徴で、移植後の生体適合性の高さが期待される。

同一の技術基盤による治験実績はすでに複数ある。2019年には佐賀大学と共同で細胞製人工血管をヒトに移植する世界初の臨床研究を開始。2026年1月には京都大学・東京大学と組んで末梢神経損傷に対する三次元神経導管の医師主導治験も始動した。今回の骨軟骨再生は、血管・神経に続く三番目の臨床適用領域となる。
AMED橋渡し研究が下支え、治験実施は藤田医科大羽田クリニック

今回の開発は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の橋渡し研究プログラム「バイオ3Dプリンター技術を用いた膝関節特発性骨壊死に対する骨軟骨再生治療」として資金支援を受けてきたもの。サイフューズと慶應義塾大学病院・藤田医科大学病院は、製造施設における製造試験・倫理委員会への申請等を経て、2026年上期の治験開始に向けて準備を整えてきた。治験は藤田医科大学羽田クリニック(東京)で実施される予定。
3Dプリンティングが医療の「もう一つの最前線」へ

製造・ものづくりの世界で普及が進む3Dプリンティング技術は、バイオ分野での応用においても実用段階に入りつつある。サイフューズが積み重ねてきた血管・神経・骨軟骨の三領域にわたる臨床試験は、「生きた細胞を立体的に積み重ねて臓器をつくる」という構想が現実の医療技術として機能し得ることを示す実績となっている。
今回の治験結果が良好であれば、年間数千人規模の患者に新たな治療選択肢が生まれるとともに、バイオ3Dプリンティングの医療応用がさらに広がる可能性がある。
用語集
バイオ3Dプリンター
生きた細胞を素材として立体的な組織・臓器を造形する装置。工業用の3Dプリンターが樹脂や金属を積み重ねるのと同様の発想で、細胞塊(スフェロイド)を空間的に配置・融合させる。人工材料による足場(Scaffold:スキャフォールド)を使わない「スキャフォールドフリー」方式は、移植後の異物反応を抑えられる点が特徴。
スフェロイド
複数の細胞を集めて球状に固めた細胞塊。直径は0.5mm程度。バイオ3Dプリンティングでは、このスフェロイドを積み重ねることで立体的な組織構造を形成する。スフェロイド同士が自然に融合する性質を利用しており、接着剤や足場材料が不要となる。
膝関節特発性骨壊死
明確な外傷や基礎疾患なく、膝関節の骨の一部が血行不全により壊死する疾患。内側大腿骨顆に好発し、膝の痛みや歩行困難を引き起こす。国内の潜在患者数は年間数千人規模とされ、高齢者に多い。軟骨だけでなく骨まで損傷するため、軟骨移植単独では根治が難しく、新たな治療手段が求められていた。
AMED(日本医療研究開発機構)
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development)の略称。医薬品・医療機器・再生医療などの研究開発を資金面・マネジメント面で支援する国の機関。「橋渡し研究プログラム」は、大学等の基礎研究成果を実際の医療(治験)につなげることを目的とした支援制度。
医師主導治験
製薬企業ではなく、医師(研究者)が主体となって実施する治験。新しい治療法や医療機器の有効性・安全性を検証する目的で行われ、未承認の治療技術を患者に適用できる。企業主導の治験と異なり、臨床現場の医師が主体的に設計・実施するため、研究者主導の革新的治療の探索に適している。
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