金属3Dプリンターで市場開拓する伊福精密、その狙いと製造秘話にせまる
伊福精密の創意工夫と、金属3Dプリンターならではの造形が随所に見られるデザイン雑貨ブランド「OshO」。 金属加工で生じるさまざまな問題の相談を請け負っている、金属加工の駆け込み寺のOshO(和尚)という名前から名付けられた「OshO」シリーズ。
今回は、そのOshOシリーズの1つである酒器 「Syuki」 に焦点を当て、金属加工の駆け込み寺と呼ばれる金属加工のスペシャリストだからこそ感じた3Dプリンター市場への開拓背景や今後の展望を伺った。
目次
伊福精密について
今回インタビューを受けていただいた伊福精密は、1970年に旋盤加工業の「伊福工作所」としてスタートし、他に先んじて先端技術を取り入れることを特徴としている。神戸に本社工場を置き、金属精密加工・精密測定・3D金属造形を主として展開している。話し手の代表取締役 伊福元彦氏は、3Dプリンターの最先端のドイツで3Dプリンター市場の可能性を感じ、いち早く金属3Dプリンター事業を取り組んできている。(写真は、インタビューを受けていただいた伊福精密株式会社 代表取締役 伊福元彦氏)
金属3Dプリンターで「OshO」シリーズを展開した背景
ShareLab編集部:OshOシリーズを始めた経緯を教えていただけますか?
伊福社長:当社は元々金属加工が専門で、自動車部品の試作開発を請け負っていました。
転機となったのは、リーマン・ショックによる素材の供給ストップです。それまでやってきた部品加工は、材料から作るわけではありません。材料費が掛からず、資金効率の良いビジネスだと考えていたのですが、諸刃の剣だということにも気が付きました。そのとき、材料からものづくりをできることも 1つ大きな強みになると考え、海外で金属3Dプリンターの勉強を始めます。これが2012年ごろのことです。
2016年には金属3Dプリンターを導入しましたが、早速壁にぶつかりました。
まず、3Dプリンターに関する日本のマーケットは非常に小さく、消極的です。
そのため、日本のエンジニアの方々も興味はあるものの、3D設計は図面におこすのが面倒で、さらに材料選定や工法選定に至るまで責任を伴う作業についてまだ浸透していない3Dプリンター市場で試行錯誤しながら進むことに苦手意識を持っていることを、実際にご提案する中で実感しました。
また、品質管理に関する問題もあります。金属3Dプリンターに関しては国際的な品質基準・規格が定まっておらず、顧客とのやり取りでは、品質管理について都度話し合わなければなりません。この打ち合わせには大変なコストが掛かります。
設計 → 開発 → 生産技術 → 工場の責任者と打ち合わせをクリアしても、品質保証部門の人と打ち合わせとなった段階で、すべてがご破算になることも。
ShareLab編集部: 日本で金属3Dプリンターが普及しない理由として「エンジニアの方の苦手意識」や「品質管理の難しさ」は大きな壁となっているんですね。
伊福社長:そうですね。顧客から「面白そうだね」と言ってもらえても、品質が保証できないのでは、話が前に進まない……それがいつものパターンでした。そのため、自分たちで金属3Dプリンター市場を開拓していかなければと思い、まずは金属3Dプリンターができることを知ってもらう活動を始めました。
ただ、そのためには「3Dプリンターでなければできないこと」をわかりやすく伝えることが重要となります。そこではじめたのがOshOシリーズです。このシリーズを通して、「3Dプリンターでこんなことができるのか!じゃあこれを使えば……」というインスピレーションを若い技術者さんに与えるという目的がありました。
ShareLab編集部:そこでOshOシリーズが誕生するんですね。
伊福社長: はい、OshOシリーズの第1弾となる「Syuki」はお酒を愉しむための器です。
第一弾の造形物として酒器を選んだ理由は、従来の顧客である製造業をはじめとするBtoB(Business to Business)事業で展開するのではなく、BtoC(Business to Customer)へとシフトすることです。先ほどお話した、品質保証を企業の担当者と話し合わなくても良いというメリットだけでなく、インバウンドによるお酒への関心を取り入れようとした面もあるためです。
また、当初は飲食店で Syukiを取り扱っていただこうと考えていましたが、このコロナ禍で飲食店へのお申し出は断られてしまいました。こちらもBtoCを進めた一因です。
これまでBtoBばかりだったので、BtoCになり、その上ネット販売で全てを自社管理にしたため、大変な仕事が増えました。しかし、様々な反響もいただき、当初の狙いは半分ほど達成できたのではないかと考えています。
金属3Dプリンターならでは! Syuki に見られる工夫の数々
ShareLab編集部:金属3Dプリンターでできることを詰め込んだ「Syuki」ですが、「3Dプリンターでできること」を詰め込むために工夫したポイントはなんでしょうか。
伊福社長: 実際に手に取ってみないとわかりにくいですが、「Syuki」は竹細工の網模様の中に器が収まるような二重構造になっています。この内側構造を覗き込むと、日本に古くからある「青海波」や「七宝」の模様が施されています。展示会で実際に「Syuki」を手に取って頂けた方には、この内側模様に対して、驚き、感動して頂けました。
ShareLab編集部:確かに、金属3Dプリンターでこのような繊細なデザインを実現できる部分はあまり知られていないかもしない部分かもしれませんね。他にも手に取ってみないとわからない点はありますか?
伊福社長: これはよく見ないとわからないですが、飲み口にも工夫があります。六角形のタイプの「Syuki」では、飲み口である6つの角の内、3ヶ所に0.2 mmの小さな穴が空いていますが、これはお酒を空気と一緒に飲み込めるようにするギミックです。お酒と空気を同時に口に含むことでお酒がより芳醇に感じられます。私自身は一切お酒を飲めませんが、お酒ソムリエの方にアイデアをちょうだいし、その効果にお墨付きをいただきました。
ShareLab編集部: 利き酒のように空気を含む口で飲むのと、通常の口で飲むことで違いを楽しめるなんて素敵ですね。あと、お写真では青色の盃が綺麗なグラデーションになっていますがこれはあえての加工なんでしょうか?
伊福社長:これは開発段階で偶然出会った産物なんです。イオンプレーティング (イオン化金属による真空蒸着) 技術を用いることで、容器内側に虹色模様が生じた結果なんですが、これが青色の Syuki(Syuki は black, blue, silver の 3種類)にのみ生じ、イオンプレーティング屋さんに聞いても原因は分からないとのことです。さらに、この模様は「Syuki 」1つ1つで異なり陶磁器のように、出来上がるまでどのような模様になるか分からない。そういう所が気に入っているのですが、残念ながら、青色の「Syuki 」は他の色より人気がないみたいです。
また、この イオンプレーティング技術を採用したことには理由がありまして、この技法を使用することで「3Dプリンターらしい」マットな質感を出すことができるからなんです。別の方法を駆使すれば、金属表面を光沢のある綺麗なものにすることは容易ですが、敢えて光沢を抑えています。
せっかく3Dプリンターを使ったので、手に取ってその質感を意識していただきたかったのです。
ShareLab編集部: 細部にまでこだわった「Syuki」ですが、特に開発の中で苦労したポイントは何でしょうか?
伊福社長: 実は「Syuki」は開発に2年かかっています。
多方面からお話を伺う中で、京都の竹工芸職人さんと相談しながら竹細工を編んだときの曲線を金属で再現することにしたのですが、竹細工の柔らかな質感を3DCADデータに落とし込むのは大変に難しく、設計だけで1年を費やしました。
ただ、おかげでこの竹細工のデザインは特に海外の方に評価くださり、問い合わせしていただく機会へとつながっています。
Syuki 展開後の効果
ShareLab編集部: 問い合わせの機会へとつながったとのことですが、「Syuki」リリース後、金属3Dプリンターの造形に関する依頼はどのようなものが来ていますか?
伊福社長:月に 数件件、金型の製作依頼などをいただいています。
これまでは、機械製品など、工業向けにフォーカスしていましたが、「Syuki」のリリースによって、多方面からお声掛けいただき、正直驚きました。アクセサリーや眼鏡フレームなどの装飾関係では、アクセサリーを3Dプリンターで作って後は職人さんが磨くだけ、という活用法の発見にも繋がっています。
他にも、高級車の内装のスイッチを、竹細工のデザインでできないか、というご依頼をいただきました。こちらは海外からです。金属でつくる竹細工のようなデザインは海外の方の反響も大きかったのは予想外でしたが面白い発見でした。
また、社外だけではなく、社内でもいい影響がありました。特にBtoCが初めてということもあり、実際に造形したものを手に取って喜んでいただける、という経験は貴重な体験でした。Syukiはプレゼントとしてご購入される方も多く、購入した方から「喜んでいただきました」と御礼を言われるなど社員のモチベーション向上にもつながりました。
国内の金属3Dプリンター事業について
ShareLab編集部: 御社のように、金属3Dプリンターで先進的な取り組みを行っている企業視点では、国内の金属3Dプリンター事業はどのように見えていますか?
伊福社長:2018年、2019年は 3Dプリンターが盛り上がりを見せ、「なんでもできる魔法の機械」のように宣伝されていたため、当社にも無理な注文がたくさん来ました。そういうご依頼には、3Dプリンターの限界と可能性をしっかり伝えるように意識しています。3Dプリンターにもできないことはあるし、大抵の場合は3Dプリンターの方がコストが高い。
残念ながら、国内での3Dプリンターに対する理解はまだまだです。国内企業においては、伝統的な設計要素や慣習が障害になることが多々あります。
例えば、「JIS規格に則った、12mmのビス穴で統一している」など、合理的な理由付けのない慣習は多く残っています。3Dプリントで重要になるのは、「そこにどんなベクトルの力が掛かっているか」や「動かすことができない領域はどこなのか」ということですが、それらに理解のある技術者は 1% もいません。3Dプリンターを使いこなすために必要なことは、そうした本質的理解です。
その点海外メーカーは、「何をやりたいのか」、「どれだけのスペックが必要なのか」を細かに提示してご依頼頂けるため、話がスムーズに進みます。日本のメーカーでは、ここまで情報を公開することが、まずありません。3Dプリンターの利用は一部の部品、限定的な状況のみで、小手先の変更に過ぎません。こうした環境では、3Dプリンターで抜本的な製造業の革新を起こすのは難しく感じます。
ShareLab編集部:確かに、国内大手メーカーは一部の部署だけ3Dプリンター事業を推進している、という印象を受けますね。
伊福社長:そうですね。親が海外の企業であったり、エネルギー、車、防衛関係で取引先に急かされて、など、外圧がないと進まない印象です。
大手メーカーから基礎実験の誘いもありますが、いきなり難しいことしかやろうとしないので、こうした計画はだいたい潰れます。使っているツールのレベルが高すぎ、それに反して、3Dプリンターについての基礎的な知識と適正な設備選択に対する理解が不足しているためです。
3Dプリンター活用の将来構想とは
ShareLab編集部:話はもどりまして、金属3Dプリンターができることを知ってもらう活動である「OshO」シリーズの今後の展望はどのようなものでしょう?
伊福社長:OshOシリーズは現在第4弾まで展開しています。このうち、Syukiを含める第1~3シリーズは「金属3Dプリンターができること」を詰め込むため技術面を重視したデザイン性の高い「盃」や「駒」などでしたが、第4弾で出したゴルフパターは、思い入れの強い品々の復元という、別の視点での「金属3Dプリンターができること」を展開していこうと思っています。
他にも、これは遠大な計画になってしまいますが……。
今、3Dプリンター、スキャナ両方の性能が上がっています。これを使って、油彩絵画の筆致を再現できないだろうか、と考えました。盲の方々にも油彩絵画を楽しんで頂こうと思い、芸術系の大学の先生と話しているのですが、3Dプリンターを使えば、盲の方々でも形状認識ができるのではないか、とのことです。
「触れる絵画展」のようなものは、海外では展開されていますが、国内にはありません。こういった、3Dプリンターにしか為しえないことで、社会貢献というか、社会に大きなインパクトを与えることをやっていきたいと思っています。
インタビュー全体を通して、伊福社長が「OshO」シリーズに込められた想いが言葉の端々から伝わってきた。慣習と非合理を排し、型に囚われないお人柄は、金属3Dプリンターをはじめとした金属加工技術に関する確かな知識に裏打ちされたものだ。
買い手の心に訴えかける OshO のデザインは、伝統工芸や酒ソムリエの方々など、様々な分野とのコラボレーションで実現したものだった。ローカルな伝統と、3Dプリンターにしか為しえない造形の融合。それこそが、国内 3Dプリンター業界の鬱々とした状況を打開し、グローバルに通用するオリジナリティを創出する鍵なのかもしれない。
最後に、伊福精密よりいただいた動画は実際にSyukiの設計から3Dプリンターで造形、後処理までの工程を見ることができる。(~1:30まで)繊細なデザインでもサポートが少ない造形しやすい設計で、実際に3Dプリンターで造形することを考えて作りこまれていることがよくわかる動画ですのでぜひご覧いただきたい。また、1:30以降はOshOシリーズ第4弾のゴルフパターの製造工程も紹介している。
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